そのうちに 2022.6.~

最近、もの忘れが激しく、そのうちに記事にしようと温めていると、なんとなく・・・

そのうちに、まとめて、OPINION のページに入れますが・・・

というわけで、そのうちに、そのうちにと言って、毎日が・・・

・・・2021年4月分 5月分 6月分 7月分 8月分 9月分

・・・・・・・10月分 11月分   12月分 はこちら

・・・2022年1月分 2月分 3月分 4月分 5月分  はこちら

 

2022.6.22 終身雇用

①確かに終身雇用は「労働生産性」にはマイナスに働く。「同一労働・同一賃金」は正論のように響く。しかし、昨今の日本経済は「反作用」が起こっているように思えてならない。

②終身雇用の時代に、「窓際族」という言葉があった。労働生産性が低いとされる社員を活用するために、企業は苦心したものである。新入社員の特性を見極め、少しでも企業経営に有効な社内教育を施した。定年が近づくと、統計資料作成や新人教育・社史の編纂・苦情処理など経験の多寡が必要な仕事を与えた。

③最大の問題は、合理化のため「企業教育」よりもリクルートに走ったこと。西欧では企業での仕事の分担が明確で、企画・立案にたけている社員、事務処理能力、情報処理、指導能力などそれぞれの能力が育つような社会となっているように思える。そういう人材が育つように、学校教育も意識的である。

④一方、日本の教育は「平均的な能力」が求められた。どのような職域に配属されても合格点(60点以上)をとれるように教育されている。日本の企業が強かったのは、その点に理由があった。しかし、そのことを意識しないでリクルートに走ったため、「企業内教育」の部分が遅れてしまった。

⑤ついでではあるが、たとえ「窓際族」であったとしても、定年まで、ある程度の生活が保障されていれば、子供は安心して将来を考えることができる。親の就労が不安定であれば、進学の不安もある。それ以前に、結婚して子供を育てることもままならない。

⑥我々が思う以上に、「根が深い」ことを自覚すべきである。

2022.6.21② ヒースロー空港

①悪口を言うのもなんですが、システム障害で貨物が滞って、でも、人手が足りないので収拾できない。コロナでみんな首にしていたから。

②給料を据え置いても、従業員の雇用を守った日本と好対照。そのように考えているのは私だけでしょうか。(注:日本がそれで良いと言っているわけではありません。念のため。)

③コロナ禍でトラック運転手を解雇して、今頃「高給」で採用してインフレを招いている国もあります。

④何が気に食わないのか、他国に攻め入って世界中を困らせている人もいるし、チャンスとばかり色めき立っている国もある。

⑤バランスがくずれると、あちこと故障が出る。皆さん、健康には気を付けましょう。

2022.6.21 ポイント付与

①置いてけぼり??
スマフォを持っていない人は、どうするんでしょうね。クーポン券でもくれるんでしょうか。ポイントは1円単位で決まるのでしょうから、使える店をどこに指定するのか、財務省で金券???を発行するしかないのでは?と思います。財務省は「通貨」を発行するのが仕事。

②ポイントが使えるのは「なんとかペイ」に指定されるのでしょう。「なんとかペイ」を使えるお店は、使用料を払っているのでしょう。なんだか、「なんとかペイ」が両方から手数料を取っているようです。いろいろ考えてしまいます。

③電気料金などあらかじめスマフォで登録して、節電のタイミングの通知を受け取らなければならないような仕組みのようで、年寄りには???と言いたくなります。スマフォを契約して、ポイントが受け取れるように設定するには、月額数千円の使用料が必要でしょ。

④そもそも、「なんとかペイ」を使用するためには、お店は「なんとかペイ」と契約し、利用料金を支払っているようです。中小のお店ではペイできないので、加入していないようです。

⑤なんなんですかね~~

2022.6.18.② 選挙区・区割り

①衆議院の選挙区の区割り案が発表された。奇々怪々の様相がさらに増したというのが感想である。一般的に制度や理論(物理学などの学問でも)が複雑化するときは、どこかに無理がある。
「天動説」を維持するために、複雑極まりない天体模型を作ったり、アインシュタインが相対性理論を築くまでの物理学を考えればわかる。私には門外だが、素粒子論はもっと整理できるのではないかと思う。

②話を戻して、参議院もそうだが根本的な原因は二階さんの言う「地方の声」であろう。過疎に悩む地方自治体の声は、知事が集約して国会に届けることが本則で、自治省がその任を担うべきである。現状は「陳情」という形で有力な国会議員を頼みに、地方の要望を通すようにできている。自治体としては「有力な議員を選出して」予算を獲得したいし、議員にしてみれば「地盤・看板・カバン」である。次の選挙に勝つためには「地元」大事であるから小選挙区にしがみつく結果になる。

③特に参議院では、「各県の代表」が47人必要で、1票の格差をなくすために、総国民数/最小県人口が必要で、半数ごとの改選からその2倍が定数となる。

④改革するためには、まず、国民の意思は都道府県知事が集約して国会に持ち込むことの徹底。国会議員は「国」のことだけを考えるようにする。素人考えで、衆参両議院の定数は、それぞれ200もあれば十分ではないか。官僚を自在に操れる国会議員がいれば十分。次に、日本全土での比例代表制にすれば、「地元」とのつながりは「切れる」。

⑤しかし、選挙方法を決定するのは国会議員である、二院制をやめるとすれば憲法改正が必要。そんなことを政権政党がするわけもない。奇々怪々の世界に住むしかないのかと、真っ暗。年寄りは愚痴が多くなる。

2022.6.18. 2類相当

①新型コロナの位置づけが「2類相当」とされているが、これをインフルエンザと同等の「5類」扱いする声が、たびたび出てくる。新型コロナが出現したときは重症度が高く、2類相当ということで対策が練られたが、オミクロン株に変異して重症化しづらくなったことが起因している。

②2類相当であると、保健所への届け出義務や、濃厚接触者の追跡義務などがあり負担が大きいというのが主な理由のようである。軽症化し飲み薬の承認も間近となっている状況では、ある意味、理解できる。しかし、そうであろうか。

③厳しいルールは「弾力的に」取り扱うことで、緩めることは容易である。しかし、5類にしてインフルエンザ扱いにすると、国民は気持ちを緩めるであろう。その状態で扱いを厳しくすることは困難である。まして、2類相当で積み上げてきた統計的データが途切れることになり、復活させる必要が起こってもブランクが生じる。

④そもそも、治療薬ができたといってもその価格は国民の意識をはるかに超えている。保険治療などのレベルではない。重症化するような変異種が出現した場合はもとに戻さなければならなくなる。後遺症の治療に国費を投じる必要があるかもしれない・・・ワクチンやPCR検査の費用にも特例が必要になる。

⑤私が疑問に思うのは、「5類」に移行しようという提案の出所が全く不明なことである。「インフルエンザと同じ」という見かけだけの理由で提案しているわけではないと思うが、真意が測りかね、隠された理由を勘ぐってしまう。私の悪いくせ。

⑥そもそも、1類から5類までの分類は、感染症をタイプ別に分類して対処手順を決めただけのことである。「新型」というように、必要なら新しい分類区分を作ってもよいくらいで、無理やり1から5までの分類に当てはめようとする「お役所的」な発想が根本にある。ともかく、「落ち着いたね」と皆が思うような状況になるまで待って、過去を振り返って、「5類だね」という時を期待していたい。

2022.6.12. ローザンヌ国際バレーコンクール

①なんとなく引き込まれて、最後まで見てしまった。私のような素人が、とも思うが、とりあえず感想がフレッシュなうちに。

②15歳から18歳くらいの若者が挑んでいる姿に、「多様性」を感じた。課題や評価などまったく知識はないが、それぞれの若者がバレーを通じて「何か」を表現しようとしている「真摯」なものを感じた。解説者が「見ている者の心の奥底から」感情を引き出すことができている。という評価も、バレーの奥深さを感じた。

③「多様性」という風潮から、目新しいもの、ひとと異なるものを珍重する現代で、「基本」を重んじながら、より「深み」の表現へと挑戦していく、「最近の若者」の姿に改めて力強さを思った。「基本」を習得することは大前提。そこから「個性」が表現される。

④最近の演劇の世界を見ていると、セリフをこなし、監督の演技指導をうけ、「やった感」を見せつけられることが多い。一方、解説者の現代の国際状況(ウクライナ情勢など)に対する世界中の人々の「思い」を消化して、肉体を通して表現することが求めらえるという、「ダンサーの心構え」が印象に残った。

⑤それを思うと、スポーツ選手が政治問題に発言することへの「批判」など、技術と記録しか考えなくてよいという風潮は首をかしげたくなる。

2022.6.10. 補助金交付ミス

①葛飾区がエクセルを使って補助金の申請システムを作ったが、ミスがあり、数億円の過剰交付があったという。

②問題点が二つある。一つは、職員が申請システムを作成したということ。「デジタル化」がもてはやされ、今回のような簡易なシステムは職員が作ることが多い。このようなことが一般職員の職務となっている。しかし、その職員は「素人」である。家庭で個人使用ならエクセルは便利な道具である。しかし、今回のように業務として使用するには、「荷が重い」。

③以前、入試の成績処理のシステムを作ったことがあった。その際は、前年度のデータすべてを再入力して、結果が一致することを確認した。それでも本入試の時は、手作業の選考結果と照合して正しいことを確認した。システムの不備を見つけることは難しい。まして自分で作ったシステムはそうである。

④公務員では、SE(システムエンジニア)でもない職員が、エクセルなどを使って仕事をこなしていることが多い。一般企業では決してあり得ないことだと思うが、公務員では「よくあること」。システム設計を外注する予算は、まず、認められない。デジタル庁などが外注する場合でも、発注するほうに知識がなければ、税金の無駄遣いになりかねない。
新型コロナで「COCOA」のシステムの不都合が発見されたが、仕様書の「稚拙さ」が問題となった。「素人」の仕事だったようである。

⑤もう一つの問題点は、コンピュータから出力されたデータを「丸のみ」していたことである。注意深く見ていれば、もっと早期に発見できたはず。コンピュータ化は便利ではあるが、間違いはあるし、システム内のミスは気づきにくい。
むかし、新規に固定電話を設置した時、最初の請求書が異常だったので通知した。先方の入力ミス(電話番号)であったのだが、「コンピュータは間違っていない」という返答を覆すのに一苦労であった。

2022.6.9. 電力供給

①人類の発展は、「必要を満たす」方向に発展してきた。電力の需要が高まれば、発電所を作り、原油・石炭の調達の努力をした。原子力の利用までも考えた。それと同時に、発電効率の向上、LEDの普及、家電の省エネ化など。研究者の努力も大きい。

②このままで良いのであろうか。そろそろ限界が見えてきたように思う。世界を見れば、我々から見れば「必要」と考えられる状況に達していない地域は、多い。それらの国々が発展することを拒む理由はない。

③「白」のLEDを発見した科学者は、「アフリカの子供たちが、夜も勉強できるようになる」ことを祈っていた。その問題がどれほど改善されたのであろうか。LEDの普及の後、日本では「イルミネーション」が盛んになった。「消費電力は少ない」「電気代はそんなにかからない」という理由で、社会的に容認されている。

④電力の供給は、あらゆる努力を傾けて、「余力」を作ってきたが、その余力がいつの間にか「消費」され、次の緊迫まで放置されている。

⑤「必要を満たす」ことからの脱却は、そうそう易しいことではない。人類の「発展の意味」を考え直さなければならないから。

2022.6.7. 個人資産投資

①個人資産を貯蓄から投資へという動きがある。

②投資の現場を傍から見ていると、儲かる人と損する人、その合計はトントン。経済が成長しているときは、儲かるケースが増えることは理解できる。

③専門家と素人が同じ土俵で競うとなると、どちらが有利か。当たり前の話である。

④「ギャンブル」に例えることは不適切と思うが、ギャンブルで勝つことの原則は、資本の量に比例する。つまり、「負けを取り返す資本力」が大きいほど有利である。

⑤以上、当たり前の原則を述べたが、莫大な個人資産があればともかく、数千万円程度の資産運用は、どう考えても不利である。

⑥もし、ある程度の資産が確実に増やせるなら、金融機関の専門家が増やして、預金金利を上げるほうが確実性がある。

⑦それでも、個人資産を投資に回すことを奨励するなら、その「下心」を聞きたい。貧乏人の懐を狙うような真似はやめてほしい。

2022.6.4. 天安門事件

①1989年1月昭和天皇崩御で、平成の時代が始まった。
その年の4月に私が開設要員であった都立国際高校が開校した。
当時、国際高校は新入生のみ。併設の赤城台高校の2・3年生と生活をともにしていた。生徒会は別々に構成されていた。

③6月に天安門事件が起こった時、生徒たちがどのように反応するか、また、教員側はどのような姿勢で対応すればよいのか。個人的に緊張していたことを思い出す。隣接していた都立駒場高校の生徒会は天安門事件に抗議する姿勢を明らかにして、近隣の生徒会に働きかける意思を示した。(残念ながら?)大きな盛り上がりもなく、静かな高校生活が継続された。

④当時の高校生は、天安門事件に対して何らかの行動を起こすべきだという問題意識をもっていたし、教師側もどのように指導するかを「身構えた」。それから33年、当時新規採用の教員ですら55歳。定年退職を前にしている。当時の多くの教員はすでに退職している者も多い。

⑤2003年の10.23通達以降、教員は教育委員会の「指導」のもとにおかれ、自身の意見を発言する機会を奪われた。生徒は「政治問題」など、「考えてはいけない」という風潮が広がっている。連合赤軍やオーム真理教などの影響もあったと思う。今の時代に天安門事件をどう伝えればよいのか。中国やロシアでの情報統制が批判されているが、日本も程度の差こそあれ、同じ傾向にあるようにしか思えない。「考えろ」と言って、考えるものでもないし・・・。

2022.6.3. 雪形

①以前、この欄に「白馬岳の代掻き馬」という「雪形」について書いた。(2021.4.21.

②5月中旬に上高地を訪れ、かねてから聞いていた「志」の文字の雪形を確認した。

③積雪の量や、気温の変化の状況で、毎年変化するものだが、たぶん、これだと思う。
私も嬉しくて、周囲の人たちに「教えてあげた」のだが、違和感を感じた。

④若い人たちに何度、位置を説明してもわかってもらえない。説明の仕方をあれこれ工夫するのだが、あきらめざるを得ないケースも。
私が原因を考えるに、もしかして、若い人たちは漢字の「崩し字」を理解していないのではないか、という疑問に行き着いた。「志」の字を少し崩せば雪形のようになるのだが。

⑤以前、アルファベットを筆記体で書いた文章を見て、「イギリス人!!」の若者が「おばあちゃんの字だ」と言っていたことに思い当たった。スマフォなどの影響で、筆記体で見ることは少なくなりつつある。写真展でサインを求められる時、スクリプト体でサインすると驚かれることが多い。「隔世の感」を感じてしまった。もっとも、われわれ日本人も明治以前の文書(もんじょ)などは現代人には遠い存在になりつつある。

⑥活版印刷が始まったころと、似たような現象が起こっているのではないだろうか。

2022.6.1. クラブ活動

①スポーツ庁が「教員の負担軽減」を名目に、クラブ活動の外部委託を打ち出した。目的自体は歓迎すべきことだが、報道内容からは「不安」が先立つものである。
とりあえず・・・

②まず、事故が起こった場合の責任の所在をどこにおくのか。学校の施設を使う以上、保護者は学校の責任のもとに行われると解釈している。海外では自治体の施設で行われることが現実で、費用もそれなりに負担するから、学校とは別組織になる。

③指導者の資格について言及がない。教員ですら、「不適切な指導」で処分・解雇される事件が起こっている。現在でも「補助員」の形で、市民の協力を得る場合もあるが、それは顧問の人選・責任と校長の許可のもとにおこなわれている。技術指導ができればそれでよいというわけではない。結局、教員が練習に立ち会う必要がある。

④学校でのクラブ指導は、教科外での「人間的な接触」の機会になっている。私の場合、卒業後の登山などで数十年間付き合いが続いている。
学校時代を思い返すとき、クラブ活動の思い出は大きなボリュームを占めている。そんなものは必要ない、というなら、市民クラブに任せればよい。

⑤指導可能な教員がいても、人事異動をスムーズに行わなければならない。長期の勤務・引継ぎ体制が必要になる。私の担当した山岳部などは、今では「絶滅危惧種」である。山岳部などは、引継ぎには最低6年くらいをかけて、2人の担当で3年ずつ1人の入れ替えが必要だが、東京都では6年を限度に異動が行われる。長期間移動しない教諭がいると、「新任の校長の指導力が発揮できない」という理由は情けない。

⑥日本ではクラブ活動の延長で、高校野球を始め競技会が開催されている。学校の知名度を上げるための活性化が、学校教育を「ゆがめている」ことも事実である。全寮制で日本中から選手をスカウトしている極端な例もある。大学なら、それもいいかも、と思うが・・・

⑥中等教育の目的や組織そのものから、抜本的に変革しないと解決することは難しい。それが必要になってきている時代でもある。

 

戻る