そのうちに 2021.10.~

最近、もの忘れが激しく、そのうちに記事にしようと温めていると、なんとなく・・・

そのうちに、まとめて、OPINION のページに入れますが・・・

というわけで、そのうちに、そのうちにと言って、毎日が・・・

・・・2021年4月分 2021年5月分 2021年6月分

・・・2021年7月分 2021年8月分

・・・2021年9月分は こちら

 

2021.10.15. 一太郎

①ワープロの草創期に「一太郎」が世の中を席巻していた。今となっては、知る人ぞ知る世界になってしまった。

②その「一太郎」に「自動変換」という機能があった。かな漢字変換モードで、ひたすら「かな入力」を続けていくと、文脈を分析して、自動的に漢字に変換していく。文脈を少しさかのぼって適切な漢字に再変換してくれたような、便利な機能であった。ある程度入力した後、再変換機能で修正すれば、完成。

③とても便利なので、習慣的に利用していたのだが、ある時気づいたことがある。「一太郎」に理解されやすい文章で表現する「くせ」がついてしまっていたのである。私の培ってきた、と言えば大げさだが、書き言葉の表現が「一太郎ことば」になっていた。それ以来、「自動変換」は使わないようにしている。

④最近のSNSの報道を見ていると、言葉が「SNS言葉」になっていないか。そのため、通信内容やひいては思考形態・思考内容まで「SNS仕様」になっていないか。他人と会話を交わす機会が減ってきている現状で、メール・ワープロなどは冒頭の数文字を入力すると、変換する単語の候補が次々と出てくる。候補にない単語を使うには、そうとうな忍耐が必要になる。自分の言葉・自分の表現を工夫するには、相当な覚悟が必要である。

⑤この「とりあえず」を書いていて、調べることも多いのだが、漫然と、単語検索を繰り返していると、最初に考えた内容から徐々に離れていくときがある。ある程度文脈を構成して、必要な知識を調べ、気づかなかった問題点を発見するという、「強い方向性」の必要を感じる今日此の頃である。

2021.10.14. 共産党

①最初に断っておきますが、私は共産主義者でもなく、共産党の党員でも支持者でもありません。

②岸田内閣が解散し、選挙戦の第一声が報道されました。その中で、与党とか、自民党のフレーズは当然多いのですが、野党・共産党の表現が目立ち、野党の他党の党名が具体的に発声されることが少ない割には、「共産党」という表現が多かったように思いました。特に自民党の人たちの発言に、「共産党」を意識した発言が顕著に思われた気がします。

③終戦直後の「共産党」への意識が垣間見え、私が教員であった過去の経歴の中で、=「日教組」のニュアンスがつきまとい、「めんどくさい」思いをしたことを思い出します。このあたりの思いを、この機会に、整理して述べたいとは思いますが、彼らの「きょうさんとう」という言葉の内容を、注意深く聞いていきたいと思います。

2021.10.14. 解散権

①岸田内閣が解散した。解散権は総理の特権事項で、「殿下の宝刀」と言われているが、根拠は憲法七条。皆さんご存じとは思いますが、念のため。

②憲法七条は、
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
この後、第十まで続きます。

③天皇の国事行為は「内閣の助言と承認」のみに限定されています。「内閣の助言と承認」なしには、何もできないし、やってはいけないことと、憲法で定められています。しかし、内閣は総理大臣が指揮していますから、総理大臣の決断で「解散」を閣議決定できるわけです。

④一方、憲法の条文を注意深く読み解けば、その意味は、大切な「国事」は天皇の言葉で国民に公布することであり、内閣、つまり行政が国政に必要と認める事項であり、何よりも「国民のために」行う「国事」であるはずである。決して総理大臣の「専権事項」ではないはずです。

⑤いつのころからか、この条文が都合よく解釈され、現在に至っています。念のため、ここに記載しておきます・

2021.10.3. 熊鈴

①熊除けの鈴。最近、野生動物が人のテリトリーへ侵入する事件が相次いでいるせいか、一般の登山者が「チリンチリン」と鈴をつけていることが多くなった。
上高地で、列をなして歩いているときも、食堂でも、山小屋の中でも「チリンチリン」。

②私も熊にお目にかかったことはあるが、めったには無い。50年に3回。事件が起こるのは、まず、薄暗い時間帯の「出合がしら」。カーブにさしかかった時は、思いっきり「人の気配」を振りまくことにしている。次は、山菜採りやキノコ採り。これは熊も人間も「目的は同じ」、おいしいものを目掛けて夢中になるから仕方ない。人間は仲間に知られたくない一心で、「こっそり」「ひとりで」行くから始末に悪い。昔はラジオをがんがん鳴らしながら行ったもの。最後に、熊のテリトリーへ入ってしまったとき。これは熊に謝るしかない、一般の登山では可能性は少ない。登山での熊の目撃情報は「遠目」がほとんど。

③最近思うのだが、マスクは習慣化しないと「個人的に徹底する」ことは難しい。しかしワクチンは「他人がするから」ではなく、個人の判断が重要と考える。
山の中でまったく人がいないところで、マスクをしている人もいる。雪や砂が靴に入るのを防ぐための「スパッツ」をバスの中からつけて、夏山に向かう人がいる。ひところ「ツアー」で山に入るとき、「参加要項」に書かれている通りの装備テェックが浸透しているのかもしれない。山岳雑誌のファッションも影響している。

④アルプスのトレッキングの写真が広まったせいか、ストックを登山に利用することがはやっているが、岩場や急勾配の登山道で使用するのは、危険極まりない。落石を誘発するし、転倒した時「手がふさがれて」安全を確保できない。それでなくても、「浮石」(安定性のない岩・石)の原因にもなる。最近、穂高などでも落石が頻発し、ヘルメットの着用が推奨されているが、本末転倒の感がある。

⑤マスクの着用が、日本での感染拡大を抑制する大きな要因であったと思うが、「なにも考えないで」周囲に倣うという風潮が増しているように思う。熊鈴は耳ざわりであるが、小鳥や小動物も遠ざける原因にもなっている。「自然」をもとめて、山に入っているのに、である。まして、マスクで呼吸困難を起こしては、何をしているのかわからない。

2021.9.25. 男女別定員

①都立高校で男女別定員が話題になっている。当事者でもあったので、問題点を指摘しておく。

②都内の私立校は、女子校が多く男子校はほとんどない。中学卒業生の人数から私立高校で収容できる人数を差し引いて、都立の募集人数が決定される。都立高校は、高校進学希望者全員が入学できる「枠」を用意している。

③専門課程を設置している学校は、基本的に男女別定員を設定していないと理解しているが、普通課程では、1対1とか2対3などとして募集している。

④私は男女別定員を設けるべきではないと思うが、若干の検討事項を指摘しておきたい。私の経験からは、「何とかなる」ものであった。
(A)現在は、中学校では絶対評価で問題はないが、相対評価であった以前は、女子の評定がやや高い傾向にあった。小学生から中学生頃の精神年齢の発達を考えると、女子が少し早く成長する傾向にあるからそれも妥当である。
(B)現在「進学校」と呼ばれている学校は、今後、女子の割合が増えるであろうことが予想される。
(C)体育の授業編成に工夫が必要となる。私が卒業したころ(1970年ころ)、3学年で文系と理系でクラス編成を分けていたが、私の居た理系では50✙5であった。2クラス合わせても10人くらいで体育をやっていたようである。サッカーはできない。バスケットは?
(D)芸術科目は男女で「好み」が異なる。音楽など、影響がでるのでは?それはクラス編成や時間割編成にも影響する。
(E)人数編成が極端になると、男女同数ならば2クラス2展開で授業ができる。男女比がアンバランスになると2クラス3展開などの工夫が必要になる。少人数になるのは良いが、体育教師が足りなくなる(予算の問題)。ホームルームではクラス内の仕事分担に工夫が必要になる。健康診断や保健体育は男女の組み合わせが必要になる。また、3年間仕事を与えられない(免れる?)生徒も出る。受験(内申)には関係ないと思うが「特になし」と書くのも、どうかと思う。

⑤書いていて、「老婆心」という言葉が浮かんだ。確実に歳をとりつつある、と思う。あとは、よろしく。

2021.9.19. 45歳定年

①「無能」という言葉が、不用意に拡散している。自分が「有能」と思っている人は、どれくらいいるのだろう。ひところ、「いろいろな経験をして・・・」非正規で人生をスタートした人たち、40代50代になっていると思います。仕事に打ち込んでいることと思います。

②「働く」ということは、生活していくために必要なことですが、「社会」を維持するための活動でもあります。政府は国民の一人ひとりが、それぞれの能力を発揮して、充実した人生を送れるようにすることを求められています。そこには「有能・無能」のような、比較・差別はないはずです。オリパラが終わった、この時期に上記のような言葉が拡散していることが残念でなりません。オリンピックが、単なるお祭りで終わったのかと、残念でなりません。

③終身雇用が当たり前であった時代、企業は採用した社員の「優れた点」を開拓し、最大限有効に活用していたと思います。社内教育には大きな努力を尽くしていたと思います。非正規採用では、個人のスキルは向上しません。終身雇用で生活が安定すれば、家族が安定して、進学・結婚・出産と進み、惹いては社会の安定につながります。

④私は「強者の論理」という言葉を使いますが、「45歳定年」は弱者を踏み台にした強者の論理だと思います。

2021.9.15. ワクチン接種状況②

①河野さんがワクチン接種の成果を自慢しているので、少々調べてみた。

②まず、5月から始めた医療者の接種に始まり、大規模接種を開始した6月初めには、日毎の接種回数はすでに80万回を超え、下旬には140万回くらいになっていた。順調な増加カーブを描いていた。ここまでは自治体が主体となって接種会場を用意した成果と思われる。

③しかし、7月以降は平均120万回程度でアップダウンを繰り返しながら現在に至っている。それも7月までの安定した増加状況が、それ以後は、増減が激しく、はなはだ不安定である。ワクチンの供給が追い付かなくなって、自治体が混乱し、職域接種が中断しているためと分析できる。増加傾向にはない。

④自治体に任せて、供給を安定して行えば、1日100万人以上の接種状況は確実に確保できたはずである。大規模接種や職域接種は混乱を招いただけで、接種者を増やすという行動に結びついていない。

⑤現在の未接種者を把握している形跡がないことも心配される。自慢している状況ではない。

⑥ワクチン接種者数の推移

2021.9.15. ワクチン接種状況

①現在、1回接種・60%、2回接種・50%、ですが、人口の1%が130万人ですので、今のペースでは1日1%として話を進めます。

②1回接種の人が2回目を終えるのに、あと10%、つまり10日必要。

③国民の75%(80%)が接種を希望しているとして、残り15%が未接種となる。1人2回接種だから30日かかる。これを合わせると、40日で接種できるように思える。しかし、2回の接種の間にファイザーなら3週間、モデルナなら4週間をあけなければならない。

④以上から、最も早くて10月下旬。接種間隔を考えると11月中旬が、精一杯の希望者全員の完了時期。政府の見積もりより1か月遅くなる。

⑤さらに実情を考えると、今までは未接種の人がいっぱいいたから、効率的に接種が進んだ。しかし、これから接種する25%の人たち(10%は予約済み)は、地域も職種・学生・生徒・主婦・外国人・・・と、バラバラな状況の中で、どうするのでしょう。河野さんや菅さん一流の、小学生並みの計算からくる目標では不可能である。海外でやっているような、「いつでも・どこでも」ということが出来れば可能だが。ワクチンのストックがまったく足りない状況では、それもできない。

⑥こんな状況で、11月から「緩和」をちらつかせるのは、罪ではないか。クリスマスやお年玉をちらつかせて言うことを聞かせるのは親の武器だが、約束は守る。しかし、選挙が目的となれば、国民としては、断固許しがたい。

2021.9.10. ちゃぶ台返し

①河野氏が総裁選に立候補したことで、記憶に留めること。

②当初、「運び屋」を自任し、ワクチンの調達と自治体へのワクチンの配送が任された。政府はワクチンの接種順序を、医療関係者・高齢者・基礎疾患のある人・・・の順で行う指針を示し、その後は、自治体の裁量に「丸投げ」された。自治体は独自に接種会場・医療関係者・接種券配布・対象者への周知などの企画を行った。
この時点で問題となったのは、自治体へのワクチンの配布量・配布時期が示されていなかった点である。これでは会場や医師の手配ができない。
その後も、配布量が少なかったため、希望者があふれ、自治体は大混乱に陥った。さらに、接種記録の、政府への、報告システムに不備があったため、報告が遅れがちになった。それを理由に「ワクチンの配布を遅らせるぞ」と恫喝された自治体もある。

③この時点で政府がなすべきことは、配布量・配布時期を明確にし、その後の配送計画を明らかにすることであった。現在も明らかになっていないようである。

④この時期に、菅さんが、1日100万人の目標を打ち出した。それに応えるために、大規模接種場の計画を打ち出し、東京と大阪に設置した。この時、対象者を高齢者としたため、ネットでの申し込みに不慣れな高齢者が、30度を越える気温の中、介添え者を伴って都心に集まることとなった。(三多摩から接種会場までは片道2時間。接種時間を加えると5時間程度必要)。さすがに無理があり、最初の1週間で希望者は激減した。そこで急遽募集範囲を多摩地区に広げ、さらに近隣3県に広げた。さらに年齢の制限を緩和した。これで、1日1万人(東京)の接種が軌道に乗った。

⑤この影響で自治体では、接種予約のキャンセルが相次ぎ無断欠席も生じた。同時に60歳以下の人たちへの接種券の配布を急遽、要請され、自治体の接種計画は大混乱に陥った。せめて、大規模接種の対象者を若年層にするとか、早めに接種券を配るように要請するとかの配慮があったら、と思う。

⑥こんな中で始まったのが、「職域接種」である。これで自治体は担当地域の接種状況の把握が困難となった。そんな中で、基礎疾患のある人たちは、見捨てられていく。40代50代も「はざまの世代」になってしまった。現状を考えると、これらの人たちを拾って、ワクチンを接種する仕組みを考えることは、難しいことではないのだろうか。自治体は途方に暮れている。

⑦おまけ、ワクチンの輸入量が三分の一に減ることが分かったのは、GWの前であったそうである。配布が遅れに遅れることを承知の上で、以上のようなことが行われた。

⑧いよいよ、本題ですが、
まず、自治体に「丸投げ」するなら、自治体を精一杯バックアップするのがリーダーの役目。自治体のスピードが遅いからといって、割り込んで足を引っ張るようなことは、してはいけない。ワクチンを確保し、自治体の要求を支えるのが、上に立つ者の役割。
次に、菅さんから急かされたからといって、自衛隊を使った、大規模接種という安易な道に飛びついてはいけない。周囲への、自治体の計画への慎重な配慮のある方法を選択すべきで、あまりにも「付け焼刃」である。
さらに、職域接種での予測の甘さである。いいかげんさの極み。果ては、募集停止。会場や医師の確保に走った人たちは、憤懣やるかたない。

私が、国会議員であったり、自民党の党友?であったら、絶対に、支持しない。幸い、どちらでもない。よかった。

2021.9.7. オリンピック総括

①忘れないうちにオリンピックの総括をまとめてみます。

1964年との比較。当時、中1(13歳)で大阪在住。カラーテレビの普及が始まった頃でした。切手収集の趣味があったので、記念切手は入手しましたがスポーツは大の苦手で、オリンピックへの印象は特に深くはありませんでした。翌年、東京へ転居しオリンピックの施設を観光しました。
以前にも書きましたが、「戦後の復興」がスローガンで、名神高速道路・東海道新幹線・首都高速などが「売り」でした。選手村やホテルでの料理や冷凍食品の進歩もこの時期でした。地味なところでは、東京のごみ処理・し尿処理・下水道の整備がありました。電車の切符の自動販売機(立ち売り禁止)、のちに写真に凝り始めた目から見れば、カラー印刷の技術が格段の進歩をした時期です。フジフイルムがコダックに追いついた?時期でもありました。
年を経て振り返ってみると、「アジアの復興」に視点があったことを知りました。そのため、聖火リレーはアジア各国を廻りました。国交のなかった中国・北朝鮮・韓国を除いて。この状態が進展していないことが残念でなりません。記録映画を見ていると、貧しい中で精いっぱい良いものを作りたいという気概が感じられます。

2021の感想。「東北地震からの復興」を掲げた誘致から、「コロナに打ち勝った証」「安心・安全」を掲げての今回のオリンピックは、「やっと終わった」という気持ちが強く、「今度のオリンピックは何だったのだろう?」という疑問が解決されずにいます。そのような感情は、これから10年20年かけて醸し出されるものかもしれません。テレビ観戦のため、ワールドカップや世界選手権などの大会の中継が目白押しのような状況で、なにも東京に集まってやる必要はないという疑問を抱きながら、観戦していました。北朝鮮の不参加、韓国の行動など、50年以上前のしこりが解決されていないことが残念でした。
IOCとの関係において、白人の優越観を感じたことが、むなしく思います。私だけならいいのですが。その面での日本人社会の感性が次の課題でしょう。

2021の感動。理系の目で見て、車椅子の進化とそれを使いこなす選手たちに、感服しました。この技術が応用されて、世界中の人たちに新たな可能性が開かれる技術に発展していくことと思います。陸上で使われた義足も、どのような発明・発見の成果か、興味津々です。技術や福祉が世界の当たり前になりますように。
それにしても、オリンピックもパラリンピックも、どの選手も「健康」満点ですね。その意味では区別する必要はなく、ゴルフのハンディのような目で見るようになれば、同じ大会で競技することも夢ではないと思います。

⑤気になっていること。 ひとつは、病と闘っている人がいること。もうひとつは、参加国の人口の多寡・経済の豊かさを克服できないか。メダルを目指して国と国とが争う以外に、方法は無いのだろうか。表彰が、国旗・国歌をたたえる儀式であることを脱却できないか。人類には難しいでしょうが・・・。

2021.9.1. 続・山を楽しむ

①5月28日の続き

②オリンピックに、スポーツクライミングが新種目として加わった。ロッククライミングのアクロバティック面を抽出したような競技で、やれば、きっと楽しいだろうなと思う。楽しみとして、一度はやってみたいと思う。

③国体に登山が競技種目としてあるのをご存じでしょうか。テントの設営や歩き方のペース配分など、比較・競争できる部分を競う構成になっている。これに対しては、私は、まったく興味が無い。スポーツの種目として無理やり組み込んだと思われる。

④年を重ねるようになってから、一生競技できるスポーツは?、と考えるようになった。硬式テニスやスキー・水泳・ランニングなどが挙げられるが、なんといっても登山がダントツのように思われる。コースの難易度や山の高さを調整すれば、ほぼ一生続けることが出来る。一昨年腰椎を骨折した私も、1~2時間くらいの散策で上高地を歩けるようになった。カメラと三脚を担いで歩けるか、往復1時間のコースは?、斜面の許容度は?など、これからのチャレンジである。同行者がいれば?、と考えているとパラリンピックの伴走者を思い出した。まだまだ、これから。

⑤ただ、山歩きは、「行ったら、帰らなければならない」。これが原則。不慮の事故は救助を求めるのも仕方ないが、登山者として失格。深く反省しなければならない。これが他のスポーツとの大きな違い。肝に銘じて、山歩きを続けていきたい。

 

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