孤高の人

 

book-10  

「孤高の人」  新田次郎  新潮社

雪がちらついているのに意外なほど遠くがよく見えた。・・・・・・・・・
「加藤文太郎の命日は毎年天気が良かった。だから今年もそうでなければならない」
「加藤文太郎というと?」
「不世出の登山家だ。日本の登山家を山にたとえたとすれば富士山に相当するのが加藤文太郎だと思えばいい」
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「加藤文太郎という人は、なぜそれほど山を愛したのですか。ただ山があるから山へ行ったのではないのでしょう。彼を山に惹きつけたものはいったいなんなのです。それを話していただけませんか」
若者は、そう言って、老人の方を見た。老人はそこにはいなかった。
1971.20才

 

 加藤文太郎は実在の登山家であり、小説では本名で語られている
単独行の文太郎と呼ばれ、冬の北鎌尾根で遭難したほかは常に単独で山に挑み、冬の立山を単独で越えるなど、超人的な体力と想像を絶する登山技術を身に付けた、若き登山家であった。

   戦前の、日本全体が貧しかった時代に、携行食糧に工夫を重ね、装備も自身のアイデアで作り、不可能と思われるルートを次々と制覇していった。その視線の先には、ヒマラヤ行があった。
   「痛快」という言葉が最もふさわしい登山家であった。青年時代にこの本を読んで、山への興味をかきたてられた人は多いのではないか。装備も進歩し、容易に山行が楽しめるようになった現代に、山に惹かれた文太郎のこころを想うのも、必要なことではないだろうか。
2013.5.1. 記

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