天平の甍

book-17 「天平の甍(いらか)」井上靖

     新潮文庫   1964

第一章から
「少くともわれわれの使命はわれわれ二人の生命を賭けるだけの価値はあるようだな」栄叡は言ったが、普照の方は黙っていた。

解説 山本健吉 から
「天平の甍」は、名僧鑑真の来朝という、日本古代文化史上の大きな事実の裏に躍った、五人の天平留学僧の運命を描き出したものである。このうち、業行を除く四人は、(中略)天平五年(七三三)の第九次遣唐船で入唐したのである。
彼等一人々々の青年時代の理想は挫折しても、それぞれ自分の運命を貫いて、一筋に生きた姿が見事に 辿られている。

1974.  23才

遣唐使という言葉は、日本の歴史のなかにおおきな意味を持っている。航海技術の発達していなかった当時、船団を組んで渡航を試みるが、一艘でも無事に着けば成功という時代である。そのような時代に多くの青年が渡航し、数十年にわたり修行し、多くの仏典とともに帰国を試みる。この小説は、その成功物語ではない。

渡航した四人の僧たちが、当初の理想から離れつつも、誠実に、一筋の生きる目的を求めつづけ、一生を終えてゆく有様を描いた小説である。社会的には、国費を投じ、環境を整え、多くの援助を受けた僧たちの変節である。一人の人間として誠実に生きることとの葛藤があり、理想を捨て去る苦悩があり、世間の批判もある。そのような四人の生きざまに対して我々はどのように評価すべきか。

考えを追及すると、際限がない。オリンピックや学問、起業を目指す人たちがいて、また平和な家庭を望む人たちがいて、その中で自分の運命を貫ける幸せを問い直す。そのような小説である。

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