早池峰の賦

book-11「早池峰の賦」  羽田澄子  平凡社
早池峰とは岩手県の北上山地の主峰で、標高1914m。北上山地の中で最も姿が美しく、高山植物(ハヤチネウスユキソウが有名 注:永原)が豊富なことで知られた山である。この早池峰山は、むかし修験道の修行の場になっていたといわれるが、麓の山村には、いまも山伏が舞ったという神楽が、伝承されている。岩手県稗貫郡大迫町の大償神楽と岳神楽がそれである。この二つの神楽はまとめて早池峰神楽と呼ばれ、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
記録映画は当たらないという大方の予想をくつがえして、「早池峰の賦」は大勢の方が見て下さり、この作品が世に知られることになった。そして作品の成り立ち に興味を持たれた方も多かった。作品ができて、二年余りすぎてしまったが、これは「早池峰の賦」を作る過程で、記録映画作家の私が、何を感じ、何をしたかを、今の時点で思い出すままに綴ったものである。
1984.  33才

これは、岩波映画が大迫(おおはさま)町からの依頼で作成した52分の作品を母胎としている。監督羽田澄子 は、この神楽が伝えられる岳(だけ)・大償(おおつぐない)のふたつの村の人びとの生活や神楽への想いを記録映画として編集した。結果、3時間15分の大作となった。

もともと、祝の席に招かれて上演するなど、農閑期の大切な現金収入源という面もあったが、その芸術性は高く評価され国立劇場での公演や海外公演も行っている。岳は数十戸の小さな村である。少ない人口で綿々と伝えられた芸能であったが、あるとき伝承者である働き盛りの男性二人を病気と交通事故で失い、そのため多くの演目が失われたという。岳の人びとは、残された演目をビデオに撮り、男性だけだった伝承者に女性を加え、その保存に取り組んでいる。

毎年、8月1日の本宮での権現舞(ししまい)と7月31日の宵宮が代表的な祭りである。宵宮では、夕方から夜半にかけ、岳と大償の舞が交互に演じられる。おおげさではなく世界中の人びとが集まる一夜である。宵宮の終わった後、一軒の民家に集まり村人たちが深夜まで舞い続けていた。村人たちにこころから愛されている舞であった。(その民家は障子襖をすべてはずすと即席の神楽殿となるように設計されていた。)

映画「早池峰の賦」は、見ることの困難な映画である。神田の岩波ホールでの上映では、充実した3時間余りの時間を過ごすことができた。DVD制作を期待する。

2013.5.11. 記

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