最近、もの忘れが激しく、そのうちに記事にしようと温めていると、なんとなく・・・
そのうちに、まとめて、OPINION のページに入れますが・・・
というわけで、そのうちに、そのうちにと言って、毎日が・・・
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202⒍6.30. 皇室典範
①私自身、皇室の人たちの「人権」が守られるようになればと思うだけで、政治的な関心は薄い。しかし、今般の皇室典範の改正案を聞いていると「天皇制」そのものの崩壊を導きかねず、その際の社会の混乱を想定すれば、放置できないような気持になる。
②まず「養子制度」。なり手がいるのかという素朴な疑問もあるが、思ってもいなかった「ふつうの人」が養子となり、その婚約者(?)との間に生まれた男子が「天皇」となることを国民が「日本国の象徴」として認めるだろうか。
③15歳未満の子供を養子とするなど、「もってのほか」であろうし、15歳以上でも「一般人」として育って、場合によっては就職もしているかもしれない男性とその友人女性となると論がいであろう。
④次に「女性皇族」。彼女たちにとっては「自由」を得られる唯一のチャンス。皇族として残ることを選んでも、結婚相手の「選別」・家族の「身分保障」・こどもの「人権」を考えれば、そう簡単には行かない。
⑤最もいけないのは、30年ごとに法改正を検討するということ。審議会に参加した人たちは何歳になるのだろう。養子に選ばれた?人でも45歳。今の自分の30年前を思い出してみると良い。
30年後に、にっちもさっちもならなくなった時、今の皇室の人たちは「なにを想う」のだろうか。
⑥「取り返しのつかない」法制を決めようとしている。愛子さんの結婚相手を探すことは難しいとは思うが、もっとも現実的な解決方法であると思う。「さん」付けで呼ぶことに不本意な人もいるようだが、国民に親しまれることが現在の日本にとって最も大切なことだと思う。
202⒍6.27. 写真集①
①写真集を作りたい旨友人に話したら、編集者を紹介してくれた。現在、進行中なのだが、その経過で興味深いことがあったので、少し書き留めておきたいと思う。
②写真集を作るにあたって、写真の下にコメントを入れることを提案したのだが・・・。「鑑賞する人の気持ちが文字に引きずられる」ということで却下された。私としてはシャッターを切ったときのすなおな気持ちを添えたかったのであるが・・・。
③改めて振り返ってみると、2005年に初めて上高地で個展を行った時からいろいろ考えることがあった。作品の前に立つと、まず、「どこで撮ったの」「季節は」などから始まって、写真の好きな人は、「カメラは何」「フイルムは」という機材の質問となる。気が付いたら作品についての感想など全くない。
④私自身も「撮影意図」というものが明確でないので、撮影動機でも「きれいだから」「心を打たれたから」のような通り一遍の説明になってしまう。これではいけないと、「何を撮ろうとしたのか」を意識するように努力しているがなかなか難しい。
⑤大家と呼ばれる「写真家」の作品を見ていても、確かに最高の季節に、最高のポジションで、最高?の機材で撮影しているのはわかるが、「なぜこれなのか」が判らない。私が尊敬する田淵行男氏の作品をしみじみ眺めていると、なんとなく「学ぶこと」があるような気がする。及ぶべくもないが、結果的に作風が似てきて、現在に至っている。
⑥そんなこんなの結果、写真集には必要最小限の情報しか書かない予定。その代わりと言ってはなんだが、HPでの写真集の解説は一歩も二歩も踏み込んでみたい。実現するかどうかは、読んでくださる方にお任せする。いつもの通り、宛名の無い遺言状くらいの気持ち。そんな気持ちになりつつある今日この頃。そんな年頃でもある。
202⒍6.23. 沖縄慰霊の日
①戦後81年。終戦後6年のちに生まれた私も75歳になる。この「そのうちに」を書いていて、戦争とは、反戦とはと思いを巡らし、「非戦」という概念に到達した。その気持ちを改めてまとめてみたい。
②「反戦」という言葉は戦争を前提としている。戦争が「起こるもの」という前提に立てば防衛という「力でもって国を守る」という結論に至る。その力は意見の違いを「力で持って押し通す」ことに使われる。
③戦争の惨禍を語り伝えることは、二度と戦争を起こさないために必要なことではあるが十分ではない。「では、どうするか」という問いに答える必要がある。「他国から攻められたら」という問いにどのように答えるかを問い続けなければならない。
④GHQが現憲法の原案を命じた時、委託された法曹界の人たちは「防衛権」を明記することが出来なかった。防衛権を認めれば交戦権に触れるし、日本の再軍備についても言及しなければならなくなる。結果として「戦争の放棄」という、実現困難な理想を掲げなければならなくなった。
⑤「戦争の放棄」から論理を組み立てると、侵略されない国家・国土の構築ということになるであろう。そこから出発すれば「もし他国から攻められたら」という仮定は、そもそも、無い。そのような姿勢での国家づくりというものを考えなければならない。
⑥今の日本を考えると、産業・経済において世界の中枢にある。この国が戦禍に見舞われれば世界中は大混乱を起こし、利益を得る国は無い。日本人の国民性を見れば、この国を占領・統治することの困難なことは明らかである。要するに戦力以外の要素で「なくてはならない国」となることが「攻められない国」となるための十分条件だと思う。
⑦「非戦」という考え方を具体化し、他国から安心できる国家を作り、世界に無くてはならない国になれば、安心できる国になるのではないか。思想を明確化し指針を示せば・・・。勇気のいる国家運営が求められる。・・・・・・・
202⒍6.18. 余計なこと?
①程よい年頃にもなったので、写真集をまとめたくなった。写真を選んでコメントを入れる作業をしているうちに、はたと立ち止まってしまった。写真に込めた「想い」を伝えたくて仕方ないのは当然なのだが・・・。
②写真集を作るにあたって編集者との打ち合わせの中で、コメントをつけたいと言ったら、鑑賞する視点がコメントにより「引っ張られる」と反対された。写真集の終わりに「解説」ということで付け加えることになったが、いささか不満であった。
③しかし、「解説」ということで撮影時の記憶を表現しているうちに様々な記憶がよみがえり、花の名前など「知識」も加わり、若干「美化」した表現など短い文では表現できないことに気づいた。もしかして、何も書かないことの方が鑑賞する人にとって親切なのではないかと考えるようになった。
④上高地に友人が来ると、上高地を案内して「なにかの参考になれば」と思いガイドをしている。もしかして、これが友人の楽しみを損ねているのではないかという思いに至った。振り返れば写真撮影している時はほぼ一人でいることが多い。自然と対峙するときはすべての感覚を集中しなければならないといつも思っている。雑念があってはいけない。
⑤余談だが、最近は花の名前などスマフォで検索できるので便利にはなったが・・・。むかしのことを言うようだが、知らない花が咲いていると帰宅してから図鑑で調べる。そのためには花の特徴を観察しておく必要がある。現場で花の名前を聞くときでも、似た花との「見分け方」も聞いておく必要がある。そのようにして自然との交流が始まる。
⑥次からつぎへと情報が押し寄せてくる現代で、スマフォは両刃の剣のような気がする。処理する暇もなく、まして疑問を抱く暇もなく一日が過ぎていくような気がする。
202⒍6.18. 消費税1%
①つまらないアイデアですが、0%にするには改修が時間がかかる、1%ならすぐできるという。
②ならば、0.001%にすればよいのではないか。システム上1円以下は切り捨てるだろうから実質0%になるのではないか。
③智慧が足りない。
202⒍6.10. 国会を見ていて
①どうにも「不安」を絵に描いたような国会運営に、私には見える。思いを記録に残しておかないと、(残り少ない)一生の不覚となるので、耳障り?とも思いますが、とりあえず。
②まず、皇室典範の改正案。皇室の女性を都合よく使ってように思える。その配偶者や子女たちは・・・。私の感ずる「成人男子」が、自己の将来を捨ててまで結婚を望むとは考えられない。いたとしたら目的は別にあるのだろう。同じことが成人男子の養子案でも言える。すでに自身の人生を歩み始めている人が、結婚して男子が生れたら将来「天皇の父」となるという環境を望むだろうか。
③今日、チラリと聞いたので真偽はわからないが、10人程度の養子候補がいるそうです。その人たちの先祖は、現天皇家の先祖とは室町時代で分岐しているという。その家系のもっている「男姓遺伝子」が自民党の言う「国体」守ることなのであろうか。
*「男系男子」にこだわれば、世の中の男性は「全員」アダムの男性遺伝子までさかのぼれるはず。
④国会議員の定数削減も、選挙区を中もしくは大選挙区にすれば済む話で、自己の選挙区を変えたくない人たちが集まっていてはそのような結論にならない。維新の会を与党に引き付けておくためのエサに過ぎない。維新も与党としての「成果」として国民にアピールしたいだけ。
⑤国旗損壊罪に至っては、どなたか議員が言っていた「立法事実」が無い。裁判所もこれを有罪にすることは難しいだろうし、検察も立件できないのではないか。効用があるとすれば、「国民を抑える」道具くらいであろう。
⑥まだまだあるようだが、夜も更けてきたのでここまで。「軍事力」「安全保障」など徹夜しても追いつかない。
202⒍6.7. 割り算
①小学生に割り算を教えた時、「引き算と一緒でしょ」と言った生徒がいたという。「演算」の理論の深部を衝いた言葉であるので、そもそも、足し算をどのように教えたのだろうか?小学生が理解できる説明ができないか?しばらく考えてみた。
②足し算を習った後、
(A)足しても変わらない数があるよね。「3+0=3」
(B)足したら0になる数ってあるかな?「3+?=0」
(C)この「?}を「-3」と書いて、「負の数」と言うんだよ。
(D)5から3を「引く」ことは5にー3を足すことなんだよ。
5-3=2+3+(-3)=2。
③同じように、
(A)’かけても変わらない数があるよね。「3×1=3」
(B)’掛けたら1になる数ってあるかな?「3×?=1」
(C)’この「?」を「1/3」と書いて、「逆数」と言うんだよ。
(D)’5を3で「割る」ことは5に1/3を掛けることなんだよ。
5÷3=5×(1/3)=5/3。
④日本では「四則演算」という言葉が普及していて、計算のルールは4種類あると思いがちだが、実は「加法」と「乗法」の二種類なのである。数学では2つの数(いくつかの数)からこのように新しい数を作ることを「算法」として、必要な場合に開発してきた。
⑤例えば、2³=2×2×2=8というのもある。コンピュータでは右肩に小さな文字を入れると読みにくいので、2³=2^3のように「^」の記号が使われることが多い。ここ十数年のことだから、40歳以上の人には出会うチャンスが無かったと思う。
⑥足し算が自由にできるために、自然数から整数が生まれ、掛け算の必要性から分数(有理数)が生まれ、指数演算を行うために冪乗根・無理数が発見された。しかし、円周率(π)は・・・。
202⒍6.1. 眠れなくて
①昨日の記事を書いていて、床に就いてからあれこれ思いを巡らしていたら眠れなくなって、日をまたいで続編を書くことになった。
②まず、①に書いた平均余命の表との出会いのこと、まさにその通り。最近友人と話していて、分からないことがあると友人がすぐスマフォで検索をかける、もしくはチャットに聞く。確かにその場の問題は解決したように感じるが、思い返してなんの役にも立っていない場合がほとんど。
③例えば、平均余命について疑問を残しておいて、折々に考えてみた方がよほど有益。私が45歳の時「残り半分」を思いついた時、切の良い90歳を思いついたから話は人生の設計に至った。表を見ていたら、単なる計算上の知識で終わっていたと思う。
④次に、④に書いた「半数の人は元気」だが、そもそも平均余命は自身より年上の人たちの各年齢の1年後の生存率を積み上げて計算したもので、その人たちは団塊の世代なのである。戦後の大変な苦労を乗り越えた人たちの「結果」だ。私たちがどうなるかは、知る由もない。
⑤逆に、現代の若者達がどのような生き方をするか知る由もないが、スマフォを含めた成育環境などの影響を考えると0歳児の平均寿命が延びたなどと喜んでいる場合ではないような気がする。もしかして、私たちの年代がもっともラッキーだったのかもしれない。
⑥ともかく、今の健康を大切にして満足のいく日々を送るしかないという、つまらない結論しか思い浮かばない。それより、今夜、眠る努力をした方がよさそうだ。