関連裁判①

バーネット判決

1940年、アメリカの最高裁判決で国旗の強制を認める判決が出ました。しかし、たった3年後の1943年、同じ最高裁は、国旗に対する敬礼は義務ではないという判決(バーネット判決)を出し、学生の自由は保障されました。このバーネット判決は今でも生きています。
この判決についての解説を、自由法曹団機関紙から一部、引用します。
白井劍弁護士は東京「君が代」裁判の弁護団の一人です。

日本のバーネット判決をとろう~「日の丸・君が代」強制反対事件 白井 劍

〈バーネット事件の連邦最高裁判決〉

炭坑町マイナーズヴィルにすむゴヴィディス一家は,「エホヴァの証人」の信徒だった。一家は,国旗への敬礼は聖書によって禁じられていると信じていた。子どもたちが通う公立学校は,学校活動の一環として国旗敬礼を求めた。子どもたちはこれを拒否して退学処分を受けた。訴訟は,精神的自由を保障する憲法修正第1条をめぐって争われた。
連邦最高裁は,1940年,国旗敬礼の強制は合憲と判断した。判決は,「国旗は国民統合のシンボルであり,国民統合こそ国家安全保障の基礎である。国民統合という土台のうえに初めて自由な社会が実現できる」などとのべている。
判決以降,全米で,「エホヴァの証人」が迫害にあった。集会所が焼き討ちされ,集会が襲撃され,弁護士が殴打された。全米各所で国旗敬礼が厳格に執行され,あらたな法規が制定された。
こうして,3年後の1943年,バーネット事件の連邦最高裁判決を迎える。やはり「エホヴァの証人」を信仰するバーネット一家のふたりの子どもが,国旗敬礼を拒否して退学処分になった事件だった。
判決は,国旗敬礼の強制を違憲と判断した。わずか3年前の判決を完全に覆す衝撃的な判決だった。第2次大戦のまっただ中にもかかわらず,裁判所がその良心を示した判決だった。
判決は言う。「国旗敬礼の強制を認めれば,個人が自己の信念を述べる自由を保障するはずの憲法修正条項が,じつは自己が信じていないことを公権力が強制することを容認しているのだと,公言することになる」,と。
以下省略。

2007年のピアノ伴奏拒否事件等の解説が続きます。

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