東京「君が代」裁判

はじまり

2003年10月23日、東京都教育委員会(都教委)が、いわゆる「10.23通達」を出し、周年行事(開校50周年などの記念行事)や卒業式、入学式で突然、「起立して君が代を歌え」とか「ピアノ伴奏をしろ」などという通常ありえない「職務命令」が、全都立学校で出されるようになりました。しかし、自らの信念から、その命令に従わなかった教職員は240名あまりになりました。
その行為は、誰に指示されたわけでもなく、ひとりひとりが「おかしいな」「変だな」「このままではいけないぞ」などと考え、自分の意思で決定したものです。ですから、その後の嵐のような日々も、それぞれ一人ひとりで受け止めていかなければなりませんでした。(注1)
このような嵐の中で、「やっぱり処分は納得できない」と考えた人たちが、処分撤回のたたかいをはじめたところから、この裁判への道すじができたのです。
処分された人たちは(被処分者と呼んでいます)はじめはほとんどわけもわからない状況で、2004年4月に東京都人事委員会に、処分取消しの審査を求めました。(注2)そして処分をうけた本人たちと、弁護士の人たち、応援してくれる人たちが、相談や工夫を重ねながら、だんだんと広がりと深みのあるたたかいに発展していき、2007年2月9日には、2004年に処分を受けた173名が、処分取消請求訴訟(一次訴訟)を起こしました。こうして、”東京「君が代」裁判”の長いたたかいがはじまったのです。

以上 東京「君が代」裁判・傍聴ハンドブックより引用・・・一部字句の調整をしています

(注1)起立しなかった240名余りは、ほとんどが互いに異なる学校に勤務していました。
(注2)まず、東京都の人事委員会に不服審査請求をし、その後、初めて裁判所に提訴することができます。

解説など、お読みください
・・・
・・争点予防訴訟・最高裁判決・一次訴訟四次訴訟・関連裁判①・関連裁判②
・・・・・関連法規10.23通達・陳述・略年表

「奇跡の裁判」
私は、この一連の裁判は「奇跡の裁判」であると思っています。10.23通達が発出されたとき、当時200校余りあった都立高校の教員の中で少なくとも229名(都立高校210名、養護学校(特別支援学校)19名:被処分者数)の教員が校長の職務命令に背き、起立しませんでした。そして173名(一次訴訟の原告数)の教員が訴訟を起こしたのです。なんら組織の指示によるものでもなく、なんらかの思想・主張に共感したのでもなく、それぞれの個々人の想いで、個々の判断で教育を守ろうとしたのです。そのことは、のちに原告団が集まったとき、それぞれの所属する学校はばらばらで、その想いも千差万別でした。各学校に1、2名だけという状況で、校内では特異な存在でした。起立しなかったことに対する「処分」の不安もあり、今後の展開について、裁判に関しても、所属校の中での立ち位置でも、不安に満ちていました。初対面の原告たちが、それぞれの歴史観、思想信条、宗教観、教育観を持ち寄って提訴の準備をしました。それが第一次訴訟でした。
また、職務命令には従ったものの、この通達に疑問を抱き提訴に踏み切った人たちを含めて、403人もの多くの教職員が予防訴訟を立ち上げました。当時、「予防訴訟」という訴訟形態を理解していた人はいませんでした。手探りの中、「行動を起こさなければ」という想いひとつで訴訟という、一般人の生活からは思ってもみなかった世界へ漕ぎだしたのです。
1人ひとりが独自の判断で「不起立」を、また「提訴」を決断しました。そして、その思いを集団訴訟にまとめたのです。このような訴訟が過去にあったでしょうか。考え方も、提訴の理由も一人ひとり違っていました。利害の意識も異なっていました。それぞれの陳述書に書かれていることも、おおきな違いがありました。ただ、「教育が破壊されるのではないか」という一点だけが共通していました。そこから出発して10年、現在に至っているのです。
裁判官のみなさんに理解して頂きたいのは、立場はことなるものの、ほとんどの教職員にとって10.23通達は東京都の教育を破壊する(または、社会を間違った方向に進める)端緒だと判断されたことです。起立しなかった教職員も、起立した教職員も、当時のほとんどの当事者たちは管理職も含めて、大いなる危機感を抱いていました。
そのような我々に大きな勇気を与えたのが、予防訴訟第一審の難波判決でした。午後の休暇をとって報告会に向かう中、心の中で「論理的に考えて間違いはない」「素直に訴えを理解すれば、判決は明らかである」と繰り返していました。
いま読み返してみても、難波判決の論旨は一貫しており、一語一語が明瞭に響きあっています。これは私たちに都合のよい判決だからそのように感じる、というのではなく、裁判長の確信がそうさせていると思います。私たち教育に携わるものたちも、生徒に対して、このような一点の曇りもない言葉で語ることを心がけたいものです。この4次裁判の判決でも、裁判官の方々の確信に満ちた言葉を期待するものです。

原告の陳述書より