松本電鉄・島々線①

松本電鉄・島々線が開通して100年になります
社名も路線名もアルピコ交通・上高地線に変わりましたが
2022年にその記念車両が運行されています
その客室に、100年の歴史解説と写真が展示されました

アルピコ交通のご厚意によりその映像を掲載します
アルペンホテルで同宿であった 「ティかと」 さんから
映像を提供いただきました
解説部分は、打ち直して転載しています
お楽しみください

 

 

島々線開通のころ①

筑摩鐵道島々線(ちくまてつどう)(現在のアルピコ交通上高地線)の敷設工事は、会社創立の大正9(1920)年11月から始まり、大正11(1922)年9月には、松本から当時の終点島々までの全線(15.7㎞)が開通しました。この写真は上海渡(かみかいど)踏切(車坂付近)で撮影された工事の様子です。当時は重機の普及が進んでおらず工事は専ら人の手によりました。現場には筑摩鐵道の発起人で初代社長を務めた上条信(かみじょうまこと)の姿も見られます。

 

 

島々線開通のころ②

筑摩鐵道島々線(ちくまてつどう)(現在のアルピコ交通上高地線)の敷設工事は、大正9(1920)年11月から始まり、翌大正10(1921)年には、松本=新村間で営業運転が始まりました。この写真は、工事中の波多駅(現在の波田駅)の構内を写したものです。駅舎と旅客用のプラットホームに加え、貨物の積み下ろし用の側線、上屋が設けられています。大正11(1922)年の9月には島々までの全線が開通。苗木やマンガン鉱石が鉄道で運ばれました。

 

 

島々線開通のころ③

筑摩鐵道島々線(ちくまてつどう)(現在のアルピコ交通上高地線)は、大正10(1921)年10月に、松本から新村までの6.2㎞が開通し、同2日より営業運転を開始しました。写真は開業からまもない頃の奈良井川鉄橋を渡る島々線電車です。この電車は名古屋の工場で製造されたもので、1両当たりの定員は42名と小さなものでした。最後部の「ハニフ」は、明治時代後期に製造された電車がルーツで、現在は鉄道博物館(埼玉県)に保存されています。

 

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