櫻井瀧子裁判官

第1次訴訟・最高裁判決・補足意見

 

裁判官楼井龍子の補足意見は,次のとおりである。

1 事案の性格に鑑み,若干の補足意見を述べておきたい。

公務員の懲戒処分制度は,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために課される制裁である(多数意見の引用するいわゆる神戸税関事件に係る最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決参照)。一方,懲戒処分は,職員にとってその身分や勤務条件に重大な不利益をもたらすものであるため,懲戒の事由,手続等があらかじめ法定,周知されているべきであるのみならず,公正原則,平等取扱い原則,比例原則などの公務員の服務に関する諸原則を踏まえ,個々の事案に即して謙抑的に行使されるべきものである。神戸税関事件に係る上記最高裁判決の判示はこのような公務員の懲戒制度の基本的枠組みを踏まえた上で,当該行政組織の秩序の維持,職員の服務に第一次的な責任を有する懲戒権者の裁量を尊重するという,司法判断の基本的スタンスを画したものといえる。したがって,同判決も述べるように,当該懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き,当該懲戒権者がその裁量権を適切に行使しているとはいえない事案については,司法がこれに制約を加えることが必要となるものである。

そこで,多数意見は,本件の懲戒処分のうち,戒告処分については適法と認められるが,過去の処分歴等を理由に量定を加重される処分(以下「加重処分」という。)については,過去の処分歴等が減給などの加重処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するとして,過去の1回の不起立行為と同様の行為による処分歴のみを理由とする加重処分として課された減給処分を裁量権の範囲を超えるものと判断したものである。

2(1)公務員の懲戒制度における処分の加重については,制度的に加重の在り方を定める法令上の根拠はないため,過去の処分歴等を個別事案の情状として考慮するのみとする考えも見られるところであり,加重処分そのものが裁量の範囲内といえるためには,懲戒の対象行為の態様や影響と加重処分による不利益の内容との権衡,公務秩序維持のための必要性などについて,上記に述べた懲戒処分制度の基本 的枠組みを踏まえ,より慎重な判断が要求されるといわなければならない。

東京都(東京都教育委員会)における懲戒処分の処分量定については,入学式や卒業式等での国歌斉唱時における不起立(ピアノ伴奏の拒否を含む。本意見において以下同じ。)という職務命令違反の行為に対し,1回目は戒告処分とし,2回目以降からは加重処分を行うこととし,2回目で減給1か月,3回目で減給6か月,4回目以降は停職処分にする方針が採られていることがうかがわれる。

(2)これらの懲戒処分のうち最も軽い戒告処分と,その上の減給処分の差は大き く,更にその上の停職処分との間には大きな差がある。戒告処分は,職員の規律違反の責任を確認してその将来を戒める処分であって,勤勉手当の減額という条例上の不利益や将来の昇給等への間接的な影響はあるものの,法律上は直接的な給与上 ないし職務上の不利益を含む処分ではないのに対し,減給処分は,法律上の不利益として給与そのものが直接的に減額されるのみならず,その結果が期末手当,退職金,年金等にも影響するなど給与上の多大な不利益を伴う処分である。さらに,停職処分は,法律上の不利益として停職中の給与が全額支給されないことによる大きな給与上の不利益に加え,教師の場合は停職期間中教壇に立てないごとについての本人の職務上の不利益も大きく(生徒への教育上の影響なども無視できない。), 極めて厳しい重大な処分であることが明らかである。したがって,東京都における 上記(1)のような一律の加重処分の定め方,実際の機械的な適用は,そのこと自体が問題であるといわなければならず,また,懲戒対象行為との関係における相当性が問題である。

本件の不起立行為は,既に多数意見の中で説示しているように,それぞれの行為者の歴史観等に起因してやむを得ず行うものであり,その結果式典の進行が遅れるなどの支障を生じさせる態様でもなく,また行為者も式典の妨害を目的にして行うものではない。不起立の時間も短く,保護者の一部に違和感,不快感を持つものがいるとしても,その後の教育活動,学校の秩序維持等に大きく影響しているという事実が認められているわけではない。

このような行為が繰り返し行われた場合に加重処分をすることは,それが相当性を欠くものでなければ許容されるものではあるものの,上記のように多大な給与上ないし職務上の不利益や影響をもたらす減給ないし停職の処分を前記(1)のように一律に機械的に加重処分として課すことは,行為と不利益との権衡を欠き,社会観念上妥当とはいい難いものというべきである。

3 さらに,本件が,さきに当小法廷が判示した起立斉唱に係る職務命令の合憲判断に関する判決(多数意見の引用する平成23年6月6日判決)に関係するものであるので,以下の点を付言しておきたい。

さきの上記判決において,多数意見は上記職務命令の合憲性を是認しつつ,思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを認めたものであり,そのことは,上記職務命令に従って起立斉唱することに自らの歴史観,世界観等との間で強い葛藤を感じる職員が存在することを踏まえたものといえ,処分対象者の多くは,そのような葛藤の結果,自らの信じるところに従い不起立行為を選択したものであろう。式典のたびに不起立を繰り返すということは,その都度,葛藤を経て,自らの信条と尊厳を守るためにやむを得ず不起立を繰り返すことを選択したものと見ることができる。前記2(1)の状況の下で,毎年必ず挙行される入学式,卒業式等において不起立を行えば,次第に処分が加重され, 2, 3年もしないうちに戒告から減給,そして停職という形で不利益の程度が増していくことになるが,これらの職員の中には,自らの信条に忠実であればあるほど心理的に追い込まれ,上記の不利益の増大を受忍するか,自らの信条を捨てるかの選択を迫られる状態に置かれる者がいることを容易に推測できる。不起立行為それ自体が,これまで見たとおり,学校内の秩序を大きく乱すものとはいえないことに鑑みると,このように過酷な結果を職員個人にもたらす前記2(1)のような懲戒処分の加重量定は,法が予定している懲戒制度の運用の許容範囲に入るとは到底考えられず,法の許容する懲戒権の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。

4 最後に,本件の紛争の特性に鑑みて付言するに,今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し,これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり,全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである。

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