横田尤孝裁判官(予防・一次)

予防訴訟・最高裁判決・補足意見

 

裁判官横田尤孝の補足意見は,次のとおりである。

 

国旗及び国歌をめぐる一連の事件についての当小法廷のこれまでの判断を踏まえ,この際,私の考えの一端を述べておきたい。

私は,本件差止めの訴えのうち,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又は戒告の処分)の差止めを求める訴えは適法であり,被上告人東京都に対する本件確認の訴えも公法上の当事者訴訟として適法ではあるが,都立学校の校長が教職員に対し発する本件職務命令は憲法19条に違反せず,本件通達も教職員との関係で同条違反の問題を生ずるものではないから,上告人らには本件職務命令に基づく公的義務が存在しないとはいえず,上記確認請求は理由がなく,上記差止請求も本案要件を満たしているとはいえないとする多数意見に賛同するものである。

高等学校学習指導要領等の学習指導要領は,「特別活動」である「学校行事」としての「儀式的行事」を「教科」とともに教育課程を構成するものと捉えている。儀式的行事のうち,取り分け入学式や卒業式は,教育課程の区切りとしてのみならず,生徒それぞれにとって人生の節目となるものであるから,それが感銘深いものとなるよう,一定の秩序の下で円滑に挙行されるべきであることはもとより,このような式典における一般的な式次第やその参列者の挙措,立ち居振る舞いはいかなるもので,またいかにあるべきかは,いずれ社会人となる生徒らが身に付けておくべきマナー,常識の一つであるから,それについて自ら垂範することによって生徒らを指導することも教員の重要な職務というべきであり,これが「教科」には当たらないことのゆえをもって等閑に付するのは相当でない。本件職務命令は,このように学校行事としての儀式もまた教育活動であることに鑑みて発せられるものと解されるのであり,そうであるからこそ,本件職務命令に反する行動をとった場合に,それに対する一定の処分がなされることはやむを得ないことといわなければならない。国歌斉唱時の不起立やピアノ伴奏拒否は,当該行為者の歴史観ないし世界観等に由来するものであること,これらの行為は比較的短時間の不作為にとどまること,入学式等の儀式的式典は毎年度2回以上行われ。その都度発せられる起立命令等の職務命令に違反した者については短期間のうちに懲戒処分が累積して加重され,違反行為とそれに対する懲戒処分の均衡を失することになりかねないことなどに鑑みると,懲戒権の行使の在り方については謙抑性と慎重さが求められるといわなければならない。この点,最高裁平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決,最高裁平成23年(行ツ)第242号,同年(行ヒ)第265号同日同小法廷判決における櫻井裁判官の各補足意見に共感するものである。

懲戒処分の適法性に関する司法審査の判断基準については,上記最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決が引用する最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集3 1巻7号1 1 0 1頁等が判示しているところであり,基本的には個別事案における諸般の事情を総合考慮して判断されるべき事柄ではあるが,上記のようなこの種の事案の性格等に照らすと,国歌斉唱時の不起立等の違反行為については,例えば戒告を数回行ってもなお同種違反行為が繰り返されたときには,減給処分に付することもやむを得ない措置として容認されようが,式典の円滑な進行を妨げるなど式典の秩序や教育目的を阻害する行為に出ることなく,過去の処分歴を含めて不起立又はピアノ伴奏拒否という不作為のみにとどまる限りは,懲戒処分は基本的には減給までにとどめるのが妥当であると考えられる。減給までにとどめることとしても,懲戒処分が重なれば経済的不利益はもとより処遇等においても相応の不利益が生ずることになるのであり,同種違反行為の反復を理由とする処分の加重としては基本的には十分といえるのではないかと思われる。なお,上記最高裁平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決の多数意見において裁量権の範囲内における当不当の問題として言及されているように,1回目の本件職務命令違反については,まず訓告や指導等にとどめることについて検討されることが望ましいといえよう。

この立場からすれば,都教委が,本件通達発出後これまで本件職務命令違反者に対して行ってきた,おおむね違反1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目以降は停職という懲戒処分の量定は,免職処分にまでは至らないとはいえ,一般論としては問題があるものと思われる。

思うに,厳粛・整然と行われるべき式典の円滑な進行を阻害し,儀式的行事の教育的意義を損なう違反行為に対してこれを放置することはできないが,違反者に重い処分を課したからといって,事柄の性質上,根本の問題が解決するわけでもない。国旗及び国歌をめぐる職務命令違反行為とそれに対する懲戒処分の応酬という虚しい現実は,本来教育の場にふさわしくない状況であるといわなければならない。関係者は,ともども,こうした現実が多感な生徒に及ぼす影響とこの問題に関する社会通念の在り所について真摯に考究し,適切妥当な解決のための具体的な方策を見いだすよう最大限の努力をすることが望まれる。この稔りなき応酬を終息させることは,関係者全ての責務というべきである。

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