そのうちに 2026.2.~

最近、もの忘れが激しく、そのうちに記事にしようと温めていると、なんとなく・・・

そのうちに、まとめて、OPINION のページに入れますが・・・

というわけで、そのうちに、そのうちにと言って、毎日が・・・

・・・2021年4月分 5月分 6月分 7月分 8月分 9月分

・・・・・・・10月分 11月分 12月分

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目次(日付順) 目次(テーマ別・順次作成中)

 

202⒍2.11. 当たった~

①教師をやっていると、「わかった~」「できたあ~」の歓声がもっとも嬉しい。特に数学では計算の結果があっていれば「できたあ~」となるのだろう。

②退職が近づいたころ、「あたった~」の声が気になるようになった。社会科などの択一問題で自信がなかった時「当たった~」という時もあったが、数学ではあり得ない。

③最近スーパーのレジで停滞する高齢者(私もその一人)が目立つが、つぎに何を聞かれるのか、どこをタッチすれば良いのか、目まぐるしく変化して、ついて行けない。聞かれていることを迅速に判断し、どのキーが答えになるのかの判断が忙しい。
前にも書いたが、荻窪から松本までの特急券を買おうとしたら、25回のキー操作が必要となったことがある。

④街中でスマフォを操作している人を見ると、そのスピードにあきれてしまう。きっと、考えている時間は無いだろう。それで済むような作業をしているのだろう。この文章を書きながら、読んでいる人を想定して言葉を選んでいる。わざと難解な用語・漢字をちりばめて、思考の「一旦停止」を誘うこともある。

⑤選挙ではどの候補も一長一短があり、一票を入れる候補者を選ぶのに大変な時間が必要。このギャップを使い分けることも必要。問いかける工夫も必要。「サナエちゃあん~~」での一票でなければ良いのだが。

202⒍2.11. 国旗損壊罪

①高市政権が最初に国会に提案する法案がささやかれている。その中に「国旗損壊罪」がある。

②日本では、古いことわざに「ひとさまの子を手にかける」という言葉がある。裏を返せば「うちの子なら、躾だから・親だから」という言い訳があったが、現代ではそれも許されない。子供であっても「人権」は絶対的な権利であることの証明である。

③国旗に関しては、他国の国旗の損壊は互恵関係を損ねる原因にもなり、国内の法律で禁止する必要がある。では、自国の国旗についてはどうであろうか。

④国旗が国家のシンボル的な存在であるから、自国や他国のものと分け隔てなく尊重されねばならない。しかし、法律で取り締まるべきものであろうか。

⑤思い出すのは、ある時、職員会議に「生徒は教師を尊敬しなければならない」という一文が生徒規則として提案された。もめにもめて否決されたのだが、私の想いは提案されたこと自体が恥ずかしい話であると思った。尊敬を受ける教師は素晴らしいが、そうでない場合は「人間関係」に問題があり、教師と生徒の年齢差・立場から考えて教師側に解決する責任がある。指導規則で「尊敬すること」を強制する案件ではない。

⑥私が最も恐れているのは、この法律は使い方によっては取り返しのつかない悪法として歴史に残ることになる。戦前、教育勅語や御真影に「礼」をしなかったという理由で学校を追われた教師が多くいた。朝鮮半島・中国大陸では「日の丸」に「おじぎ」をしなかったため暴力を振るわれたり殺された現地の人たちは多くいた。

⑦東京都では「起立して日の丸に対して礼をし君が代を唄うこと」という通達が発せられ、従わなかった教師が懲戒処分を受けた。最高裁はこの件に対して未だに「違憲判決」を下していない。現在、都立学校では教育委員会に「もの言えぬ」状況が続いている。

⑧一見当たり前のような法律が、使い方によっては最悪の結果を生むことをこころに銘記しておく時とおもう。法律を作る方は、「下心」があるのだろうから。

202⒍2.7. 選挙前日

①ミラノ・コルティナオリンピックが華やかに開幕した。過去の自民党を考えると、大きな事件の裏で何か「わるさ」をすることが多かった。2月中に何をするか、疑心をもって注目していたい。

②水面下で「憲法改訂」を画策するだろう。党是としてはばからない政党からしたら千載一遇のチャンス。維新も反対ではない。9条が国民投票に付されれば、戦後日本の最大の政治変革になり、せっかく世界に浸透した「平和国家」の信頼が失われ、戦前の日本帝国が引き起こした戦禍が思い起こされることになろう。韓国や中国にとっては絶好の批判の対象となるだろう。

②消費税は変わらないだろう。日本会議は立ち上げるだろうが、議論がまとまるはずはなく、反対する野党に責任を負わせることは「計画通り」。

③少数野党はせっかく手にしたキャスティングボートを失うだろう。維新は捨てられる。立憲は野田さんが退陣して、まとめる力を失う。

④中国はここぞとばかり圧力を強化するだろう。日本が強硬な姿勢をすれば台湾問題を背景に尖閣を刺激する。日本としてはどうすることもできないで、トランプさんの顔色を窺うしかない。

⑤中国を刺激して憲法9条を変える世論をたきつけるのは、「火遊び」としては危険すぎる。乾燥警報中なのに、消火器も望めない。

⑥明日の選挙結果が事前調査の予想通りになれば、オリンピックどころではない。世論がどのように反応するかで、日本という国の将来がきまる。

追記 : 盛大な花火のあと、高市さんを失脚させ、いいなりになる小泉政権を作る。絵にかいたような筋書き。私なら、そうする。

202⒍2.3. 2040年には

①2040年には日本の労働力人口が今と較べて20%減になるという。今すぐ少子化対策が成功したとしても、あした生まれてくる子供たちはやっと14才。大学卒までにあと8年かかる。労働力人口は、今生きている人口で賄うしかない。

②こうなることは半世紀前から分かっていた。政府・国民がなんの対策もしなかったのか、したけど失敗したのか、これで良いと思っていたのか。労働力の不足分を海外からの出稼ぎ労働者に頼っていながら、「日本人の職場を奪っている」などと、どこかの国の大統領と同じようなことを言っている。

③私が半世紀前に考えていたのは、半分の人口で生活できる経済活動を目指すこと。人口が半分に減れば食料消費も燃料消費も半分で済む。国会議員だって半分とは言わないまでも相当減らすことが出来る。もちろん国民総生産も大幅減少するだろうが一人当たりの生産量が増えればそれでいい。

④世間は「経済成長率2%」が最小限の目標と思っていたが、2%の成長は数十年で2倍になる速さ、それも次の数十年でさらに2倍になる。絵空事としか言いようがない。短期的に見れば豊かになるだろうが、決して継続するような状況ではない。1960年代にそのことは指摘されていた。「不都合な真実」という言葉もあった。

⑤単純労働を機械化して生産性を上げるという考えもあった。最近はAIの進歩で知的労働も「機械化」されてきた。しかし、単純労働で生計を支えてきた人たちが取り残されている。私などちょうどリタイアの時期に重なったからいいようなものの、働き盛りの青年たちは堪ったものではない。結婚して子供を育てるなど及ぶべくもない。困ったら「お金を配ればよい」で済むのは今が最後。

⑥そういえば、私の人生設計は90歳まで。2040年は89歳。計画通りに行けばよいが、平均余命はもうすこしありそう。どうしよう。考えても「どうしようもない」ことだけは確かだから、混乱が起こるのがもう少し先へ延びることを祈るのみ。

⑦だんだん笑い事ではなくなってきた・・・。先の話ではない。

202⒍1.27. 空虚な選挙

①中身のない空虚な選挙が始まった。なにも期待できない。

②政権与党だから、あえて高市さんの言葉を批判すると、「責任ある積極財政」とはなにか。「責任ある」は何なんだろう。政治家が政治に責任を持つのは当たり前で、いまさら。そのあとで、「過半数を取れなかったら辞任します」これこそ無責任の極み。過半数を取ったら「国民の支持を得た」と言って好き放題やるのかしら。選挙は総理大臣が何百億の税金を使ってやるギャンブルではない。
国民とその当選者(代議士)全員の意見をまとめるのが「政治」なのではないか。

③「積極財政」など中身がない。本人は積極的でも世間では鼻つまみものの行動は多い。国会運営が積極的というのはみんなの意見を聞き・生かす努力をすること。信任を得たなどとの「思い違い」をする前に気づいてほしい。「顔を洗って・・・」と言われる前に気づいてほしい。自民党には党として高市さんを修正する力が亡くなっている。

③それにしても、高市さんは、もし失敗したら、どのように責任をとるつもりなのだろう。政治家は失敗しても「引退する」ことで責任をとったつもりなのだろうが、国民は路頭に迷うことになる。改革の中身を丁寧に説明して、国民の理解を得て、それからの「信任」ではないのだろうか。

202⒍1.24. 10周年②

①およそ20年前、勤務校にコンピュータのアドバイザーとして来られたSSさん(実名の了承を得ていませんので、とりあえず)から勧められてHPの作成を始めました。教育ソフトの開発のため現場に接したいということでした。ネットワークを組むことの危険性など教えていただいたのが印象に残っています。

②私のHPの形式は、「紙芝居」に徹しています。Wordを使ってページを作り、それをつなげて構成する様式で、システムに付属する有効な技術は殆んど使っていません。至極原始的な手法です。でも、現在1000頁に及ぼうとしているHPを見ると、数で圧倒しているようです。あまり自慢することではないのですが内容は「多彩」であることを自負しています。

③SSさんが研究熱心な方で、私より年配であるにも関わらず新しいシステムを提案されて、WordPressに至るまで5種類くらい(HomepageBuilderを含む)のシステムを利用しました。当初は南太平洋のトンガ共和国のサーバーを使っていたことも懐かしい思い出です。そのぶん初心者としては苦労しました。

④どのシステムもそれぞれ工夫があって、優れた特徴があったのですが、トリセツのようなものが無く暗中模索そのものでした。これが日本にコンピュータ文化が育たない理由かとも思います。コンピュータは1970年代のPC8001からの付き合いですが、周囲に専門家がいる環境で困ったときの助け舟があって乗り越えてきました。

⑤外国の人が「カタコト」の日本語でも気持ちを通じさせることが出来る、そんな気持ちです。HPを作りたい人は世の中にたくさん居ることと思いますが、①長く続けること②定期的に更新すること、の二つが大切だとSSさんからアドバイスを受けました。始めてから数年は「忍耐」の期間で、10年経ってやっと定期来訪者(ファン)が出来た次第です。

⑥それにしても、もっと気軽に構成できないか。そんな思いの今日この頃です。

追記 : 私のHPの特徴として、コマーシャルを排除している点です。サイトの利用料金がかかりますが・・・コマーシャル収入がないのですが・・・。これから始める方は検討してみてください。

202⒍1.22. 10周年

①ふと気づいてみれば、1月18日でこのHPを開いてからⅠ0年になりました。HPを開いたのはそのずっと以前なのですが、WordPress(WP)を使い始めてからⅠ0年になります。
しみじみ、振り返ってみたいので、今のに記事は1週間くらい振り返りながら書き連ねます。

②最初は写真の発表の場でした。写真展はゆっくり鑑賞して頂けるのですが、個展となると準備と費用が大変で、そうそう何回もできません。上高地のホテルの好意で会議室で展示させて頂いていたのですが、展示した写真は終了後は文字通り「お蔵入り」、どこかで飾っていただけたら良いのですがなかなかそうもいきません。でも、写真を通じての同好の友人は沢山出来ました。ありがとうございます。

③切手収集という面では、日本ではなじみの少ないポーランド切手を近代史を軸に収集結果を展示しています。切手が使われた時代背景を郵便の視点から展示するものです。「切手展」を勤務校の文化祭に合わせて教員出品したこともありましたが、研究発表としては限界もあり、まとまった研究成果を展示するには時間も費用もかかります。随時書き込みが出来るという点ではHPは最適なツールだと思います。

④私が関係している「東京『君が代』裁判」は難問でした。多様な考え方を持つ訪問者に邪魔にならないように、関心の程度に応じて読み進めていただけるように工夫しました。驚いたことに、例えば最高裁判決の原文なども多くの方が読んでくださっているようです。

⑤HPが軌道に乗ったころ、「そのうちに」というタイトルでブログを開始しました。「あとさきの想い」は冒頭に書いたように「あて先のない遺言」くらいの気持ちで気が向いたら書くというスタンスで始めたのですが、最近ファンの方がいらっしゃって、定期的に読んで頂いているようです。外出の少なくなった老人には「生きる励み」になっています。

⑥さて、10年を振り返って、思いもかけない数の訪問者?を得て感動しています。毎日数十人の訪問者と毎日200頁くらいを開いていただいています。最近は「そのうちに」のバックナンバーを読んで頂いているようで、大きな励ましになっています。

現状報告は、以上。

つづく : 日を改めてこの続きを展開します。

202⒍1.20. 解散宣言

①総選挙は誰を選ぶ選挙か : 小選挙区で選ぶ基準は政党と個人。まず第一に政党を選ぶ人が多いのではないか。個人的な関係で、もしくは信条に同意して投票する人もいるだろう。高市さんが好きだから自民党の候補に投票する人はいない(奈良の地元は別)。高市さんがいつまで自民党総裁でいるかは、自民党次第。「高市内閣」支持は不渡り手形になりかねない。

②多数を取らねば思い切った政治は出来ない : では、多数を取れば何をしても良いのか。51%を占めても49%は反対。支持が拮抗している時に片方の意見を押し通すのは危険。アメリカの大統領選挙やイギリスのEU脱退など未だに不安定。日本の憲法問題も同様になる恐れ。たとえ少数でも信じることを論理的に述べることが大切。「十二人の怒れる男たち」でも見たら?。

③リーダーシップとは : 小田原評定は異なる意見をまとめようとする努力。戦時では困るが今は平時、まとまらない時に判断できてこそのリーダーシップ。それでも団結を維持できるのがリーダー。強引にやればよいというものではない。

④大切なのは協和 : 対立軸ばかり述べて、進退をかけるという表現は「無謀」。誰かが言った「暴走族」の売り言葉と買い言葉。公明の斎藤さんが言う「両者の意見を取り持つ」という「中道」の概念とは月とスッポン。居直り発言。

⑤積年の党是 : 自民党には安保法制でも憲法改訂でも非核三原則改訂でも、やろうとしてやれなかったことがいっぱいある。このどさくさに「やってしまえ」ということになるのが一番怖い。あとでほころびが出ようと政権を奪われようと、一切合切高市さんの所為にしていったん下野しておこう、政権を取り戻すのはそんなに難しくはない(経験済み)から。戦争にさえならなければ、好都合。

⑥公約 : 消費税から始まって、各党がいろいろな政策を掲げている。野党の公約は理想論が先立って実現できそうもないことであっても許せる。しかし、与党は政策を実行できる立場にある、「言ってばかりでなく、やれよ」と言いたい。高市さんは自民党の中に居て党内野党だったのではないか。ガラスの天井を理由に心置きなくものを言っていたのではないか。だから「台湾有事」発言が飛び出す。

⑦思い出したらこの続きを書きます

202⒍1.18. 不当な支配

①2006年5月29日に教育基本法が改定された。この時旧基本法の条文にある「不当な支配」という文言を消したい自民党に対して、文言の存続を主張したのが公明党であったと聞く。与党内左派の形で自民党の右傾化に歯止めをかける役割を果たしていた。そういう視点から見ると、今回の政界再編も理解できる。

②旧教育基本法は戦後まもなく(1947)憲法に教育に関わる条文が十分ではないことを理由に制定された。そのため憲法に準ずる法規として尊重されている。

10 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

③戦前の教育が政治の道具として使われ、軍国教育に走ったことへの反省が「不当な支配」という言葉に込められていた。憲法の教育の自由と呼応し、教育現場に責任と自覚を持たせることが示されている。一方、行政は教育の環境整備を目標とし、現場への関与を禁止した。

④現行の教育基本法は

第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。

以下第2項から4項までが続くが、いずれも国と地方公共団体が主体となって行われることとなった。

⑤それ以降、行政による教育への介入を食い止める方法はこの「不当な支配に服することなく」の一文を頼りに裁判で争われることとなった。私の関係している「東京「君が代」裁判」でも、石原慎太郎元知事が発出した10.23通達に始まり、職員会議の廃止、挙手による決議の禁止など、徐々に教育現場に介入してきている行政との戦いとなった。

⑥非核三原則の見直しなど政府の右傾化傾向を契機に、公明党が自民党との連立からはなれ、野党と協力関係を築こうとすることは自然であり、相手は立憲か共産以外にはないとなればここ数日の騒ぎは「なるべくしたなった」としか言いようがない。私自身は支持政党を持たないが、国全体が右傾化していく状況を見ていると、はなはだ不安である。

202⒍1.17. 小異を残して

①昨日の中道改革連合のロゴマークについて、当日のニュース番組では付け焼刃との感想が多く報道され、視聴者としては報道内容に失望した。私の理解と感想を述べておきたい。以下は単なる私の感想であって、当事者からの発信に基づいたものではないことを断っておきます。

②最初に感じたのは、二つの円が重なり合っていること。これは立憲民主と公明の二つの党を表していることは素直に理解された。その二つの円が少しずれており、互いにはみ出している青い部分は両政党の主張の異なる部分だと感じた。逆に重なっている白い部分が合意した部分。その青色の部分が少なく、間の白い部分が大きいことに新党の方向性の一致が見られる。

③一晩寝て改めて見直してみると、「小異を残して大同につく」という言葉を思い出した。似ている言葉に「小異を捨てて・・・」というのがあるが、この状況では「捨てて」との解釈はないだろう。現在の政界の混乱状態を見ていると、お互いに「小異」の部分を指摘して差別化を図ることにより勢力を伸ばそうとしているように見受けられる。政治の世界に「一致」はないのだから、捨てないで、「残して」強調することが必要ではないだろうか。

④ヨーロッパ(EU)の歴史を見ると民族や言語の違いで小国が乱立する状況がうかがえる。そこにEUという立て直しの発想が生まれた。現在、それぞれの国の中で政策の違いから少数野党の連立政権が一般的になり、不安定化が進行している。
日本では明治の初めに幕藩体制から、藩の独立性ではなく日本国への一本化が行われ現在に至っている。そこに日本の強さを感じる。アメリカは合衆国という組織で州の独立性を維持・継続し、大統領がまとめ役となった。それが壊れようとしている。

⑤さて、話を戻すと立憲と公明がどこまで話し合ったかは不明だがロゴマークが準備されていたことを考えると、相当深い議論があったことがうかがえる。急な解散劇で「小異を残して」団結することになったが「小異を捨てて」には当たらないことが「中道」の名前に表現されていると思う。少なくとも「小異」を批判し合う方向にはならなかったようだ。

⑥昨日の出来ごとなのでこれからのことはわからないし、上述の推測が単なる買い被りかもしれないが、十分見守っていく価値はあると思う。
最近の政界の、久々のヒット(2塁打?)くらいに期待しても良いのではないか。あとはヒット1本で先制できるのだが・・・。

追記 : ネットで「小異・・・」を検索すると、「捨てて」の解釈が多く「残して」は少ない。決断する時「捨てざるを得ない」状況が多いことは理解できるが、本来の考え方は「残して」ではないだろうか。多数決というのは少数意見を無視・捨て去ることではないはず。

202⒍1.16. 中道改革連合

①立憲・公明の両党首は「中道」を理念だという。理念を国民に理解して投票につなげるには時間がかかると思う。憲法が政治の理念と理解している人がどれくらいいるのかということを考えると、困難さを実感する。TVのインタビューに答える斎藤さんの言葉が印象に残ったので取り上げておく。

②現代世界は分断の方向に進んでいる。「分断を強調することにより、自分の立場を際立たせることで支持を集める」という手法が広まっている。これでは分断を拡大・強調するだけで、話し合いはどんどん先鋭化していく。

③あえて「中道」という言葉を使って、両者をつなぐ努力を目指したいという。今日示されたこの理想がどこまで理解されるか、その問いかけに国民が応えられるかどうか、投票結果が楽しみになった。

④残念ながら、自民・維新の反応も、他の野党の反応も「言葉尻」を捉えての反応に過ぎない。対立軸にある当事者たちは立場上なかなか理解することは難しいと思うが、マスコミ、特にオールドメディアと呼ばれた人たちの理解が期待される。

⑤問題を対立軸で分析することは簡単で分かり易いが、みんなが同意できる解決への道を模索することは、する方もされる方も自覚が必要。

⑥まず、国会議員・政治家が理解する方向に意識が及ぶかどうか、試されている。

202⒍1.15. 二重価格

①観光地や文化施設の入場料金を、日本人と外国人の二重価格にしてはどうかという議論が盛んである。異なる観点から、持論を述べてみたい。

②私のプランでは、同一料金。ただし、日本人の子供料金・就学者の料金を無償とする。日本人の子供料金を無償とするのは、日本国としての人材育成を目的とする。子供を同伴すれば実質の料金は割引になるし、成人が自己の楽しみで来場するのは自己負担。私のような高齢者割引は長寿の御褒美???。

③外国人の子供料金は、それなりに豊かな家庭の子なのであろうから負担していただく。収入を増やす方法としては、音声ガイド・解説する文書の利用料で稼げばよい。日本語を理解している外国人は無料だし日本人ガイドを帯同しても良い。

④台湾の故宮博物館では、機関誌のような研究誌を中国語・英語・日本語で出版していた。高価であったが日本語での詳しい解説が理解できるので、有難かった。上高地では5~10人くらいの人数でネイチャーガイド(1時間くらい)を実施している。安価で専門知識を教えてもらえるので有効だが、外国人に英語や中国語でガイドすれば効果は絶大であろう。日本人から見ると顰蹙をかう様な行動も抑えられるのではないか。

⑤文化施設も自然環境も「人類の宝」である。これを守るために「相応の負担」を求めることは当然であるが「外国人」という線引きは極力慎むべきであろう。

202⒍1.14. 国歌斉唱

①奈良県の消防庁の出初式で国歌斉唱の際に来賓の共産党議員が起立しなかったことのついて、市議会議員のへずまりゅう氏が公式Xに挙げた抗議文が話題になっている。
私自身、ことの詳細が把握できていないが、東京「君が代」裁判に関係している立場から問題点を整理しておく。

②不起立の理由として、共産党はかねてから「歌詞」を問題として挙げて国歌に相応しくないとの理由で、反対の立場をとっている。その意思表示のために不起立という行動をとったのではないか。出初式という公式の席での行動で異論があるのは当然である。これを機会に議論が起こることが大切だと思う。逆に議員の「いねむりを装っている」ことが本当ならこれも問題。

③これに対するへずま氏の投稿が市会議員としての品位を落としている。「いやなら来るな」「奈良から出ていけ」など、問題の本質から離れて、感情的な発言に終始するのでは問題は解決しない。この問題は多くの場面で問題視されているのだから、市議会議員であれば本質に迫った議論を立ち上げて欲しい。彼の不勉強と思う。

④私の立場を申し上げておけば、東京では「起立しなければ処分する」という教育委員会の通達(10.23通達)により、教師の起立を強制していることに反対する立場にある。学校という環境は教師の行動が「こうあるべき」という模範的であることが求められる。教師が立てば、生徒には「立つべきもの」という行動が刷り込まれる。是非については話し合うべき問題であり、処分を振りかざして統制する問題ではない。

国旗国歌法案が国会で審議されたとき(1999)、この様な心配からの反対意見も多かった。時の総理も文部大臣も「決してそのようなことにはならない」という答弁を繰り返して、法案を通した。その際の約束が「風化」している。

202⒍1.13. レア・アース

①どなたが話していたのか、一瞬私の耳に反応したご意見。

②中国のレアアースの生産が世界の大半を占めている。他国から輸入すると価格は5倍程度になるという。なぜ、そんな現象が起こるのか。レアアースの原料そのものは世界中に分布しているという。アメリカも鉱石を中国に輸出して、精錬してもらっているという。

③精錬の際に有害物質(不明?・放射能?)が派生する。その処理の費用が、中国は「安い」。それこそ、1/5の費用?。原因は規制の甘さと労働力の安さにあるという。

④私の耳にした話の方は、「それでいいのか」という疑問を投じていた。自国で規制していることを他国に押し付け、貧しい人たちの危険な労働を「知っていながら」見て見ぬふりをする。中国政府もそれを武器に世界を支配しようとする。

⑤正確な根拠のある話ではないのだが、もし事実であるなら世界の文化の在り方に影響してくる。50年前の日本は、有害物質の「垂れ流し」に目をつぶって戦後の復興をした。中国では黄河・揚子江が、ヨーロッパでは北海、アメリカでは五大湖が汚染に見舞われた。

⑥冒頭のレアアースの事例が誤った情報であることを祈るが、さて事実は???。
真実が得られにくい昨今の環境の、振り返る必要がありそうである。

202⒍1.13. 国家の誇り

①昨年の12月29日に「国旗損壊罪」に触れた時、「国家の誇り」という言葉を書いてから、その意味することが頭の隅に留まっていて、なんだか釈然としない日々を送っていた。

②そんな中、アメリカ軍のベネズエラ攻撃が起こり、各国の意思表明が発せられた。一国の主権を侵害した事件にどういう態度をとるかによって政治家の「国家観」があらわになったような気がする。

③第二次世界大戦のあと、国連を中心に「主権国家」という概念が定着し国の大小(国土・人口・経済力)に関わりなく一国一票を尊重することが浸透してきた。人間でいえば基本的人権に相当する概念となる。武力で「いうことをきかせる」ようなことはあってはならない。経済力で公正な取引を阻害してはならない。そのような「あたりまえ」が当たり前になるように、努力してきたはずである。国連の常任理事国に日本を加えようとする動きも、その理想の実現にほかならないと思う。

④ベネズエラの件で気をつけなければならないのは、ベネズエラ国民がアメリカの侵略に対して抗議することは当然だが、難民としてコロンビアなど周辺諸国に逃れている人たちが「アメリカの侵攻を歓迎」しているかのような報道がなんの配慮もなく報じられていること。メディアの見識の無さを嘆かねばならない。「だからオールドメディアは・・・」と言いたくなる。

⑤隣国に逃れている人たちは、独裁政権によって命からがら避難してきて、食料にも困る生活をしている。家族や親戚がまだ国内に居て、命の危険にさらされている。独裁政権が倒されることは「当座の」危機回避であり、希求していることには違いない。祖国がアメリカの支配下に落ちることの前に命の救済が必要なのだ。

⑥それを、「難民たちが歓迎している」かのような報道で済ませてはならない。高市さんも忖度を交えながら一般論で平和を発言するに留めた。台湾有事で、「わがこと」となったとき・・・の発言と較べて他人事。せめて他山の石くらいの扱いをして欲しい。

⑦話がそれてしまった。国家の誇りについては、そのうちに。

202⒍1.11. 大絶滅展

①国立科学博物館で「大絶滅展」が開かれている。地球の生物史の中で、生物の多くが絶滅したことが5回あったという。その際、70%が絶滅し、残りの30%が繫栄するチャンスを得て生物の繁栄が継続されて来たという。次の大絶滅がいつ起こるか、その時人類が70%の方に入るか30%に入るか。起こるとしても地球の歴史時間の中だから、心配して対策を考える必要はないだろう。だが、しかし・・・。

②絶滅は今までは地球規模の自然現象に起因していたが、次回はどうかと考える時、温暖化・核戦争をはじめとする「人為的」なものがきっかけとなるとすれば、近い将来との考え方もある。

③自然環境に起因するとしたとき、もっとも近い将来に起こりそうなことは「多様性の崩壊」かもしれない。生物は進化の過程で多様性の方向に指向する。多様性があるからこそ30%が生き残ることが出来たと言っても間違いはないだろう。環境に適合することが困難な生物種も大絶滅時には生き残れる可能性は大きい。

④高一の時、生物の授業で「類人猿と人類が分かれた時(誰も)気づかなかっただろうが、遺伝子的には分化が始まっていた。現人類も新人類の祖先が混じっていることは確か。」などと、わけのわからないことを言っていた。多様化はすでに始まっていると言いたかったのかもしれない。

⑤さて、現人類を考えるとき多様性が増してきているのだろうか。人類の生物学的多様性を論議することはとても難しい。しかし、環境に対する「強者」が絶滅し「弱者」が繁栄をもたらすことが自然界の法則。

⑥ついでに言えば、文化的な多様性を否定して一様な文化が世界を支配しようという方向に「進化」しているように見えて仕方ない。確かに文化の一様性は生物の絶滅の引き金にはならないだろうが、環境に与える影響は一様化の方向に進むだろう。

⑦私の人生も後数十年程度。何かすることが出来ることがあるとしても「手遅れ」の感がある。なにをどうすれば良いのか。なにもしないでも良いのか。それが問題だ、ということ。

202⒍1.6. 馬の背

①「夕立は馬の背を分ける」という気象用語がある。積乱雲は極地的だから、雨が降っているところと降っていないところが明瞭に線引きできる、というように理解していた。馬の背を縦に分けるのか横に分けるのかなどとつまらない妄想に耽っていたが、偶然解答に出会った。

②山から山へと稜線で結ばれている時、多くは険しい道となる。山用語で「キレット」という。切戸と漢字を充てるが日本語なのかどうかも、良く知らない。しかし低山でなだらかな山を繋ぐのは「尾根」。尾根のうちでもおおらかで散策しているような地形を「馬の背」という。
この尾根の片方が晴れでもう片方が土砂降りの雨、そういうことはよくある気象現象。

③ずいぶん前の話だが、大菩薩峠を訪れようと中央線の塩山駅から柳沢峠(泊)、翌日稜線伝いに大菩薩嶺・剣山荘(泊)そして東に続くなだらかな尾根道をたどった。左に下れば小菅村を経て奥多摩湖(東京の水源)の源流に出る。11月の落葉を踏み締めながら明るい叢林のなか、快適な山歩きを満喫した。

④「馬の背」と聞いた時、瞬時にその時の思い出が戻ってきた。同時に、帰りのバスの中で、この様な印象深い山行を集めて写真集を作りたいという構想が湧いてきたことを思いだした。その時は、利根川源流の丹後山、東北の山々などが候補に挙がった。
しかし計画は実現せず、そのままになってしまった。私のこころの中の写真集で終わった。

202⒍1.4. 年賀状

①この時期になると「年賀状仕舞い」の通知を受けます。私は自身の「生存確認」という理由で賀状を出していますが、メールによる年賀状が増えて、困惑しています。

②年賀はがきの製作費や郵送料、何よりも一言書き添えていたら、膨大な時間を費やしてしまい、メールであれば一斉通信もできるのにという誘惑にかられる昨今です。特に白内障の手術をしてから、住所録から宛名を転記するのが大変になりました。年賀用のファイルを作っておいて「宛名印刷」をすればいいのですが・・・

③誰かが言っていたのですが、親友はせいぜい10人まで、ともだちは50人、それを越えると「知人」。人数の多寡はともかく、含みのある言葉だと年賀状を書いていて思います。でも知人はともかく、ともだちレベルの交流は年賀状を保ちたいと思います。一斉通信で送られてきたメールを受け取って、友人としての顔が浮かぶでしょうか。

④文化というものは、それなりの理由があるもので、試行錯誤を繰り返した結果です。そこには過渡期としての想いも交錯します。生涯の締めくくりに「写真」と取り組んでいますが、写メのありかたも考えるべきテーマかと思います。

⑤この欄は、思考途上の世界ですので、それなりにご理解ください。

202⒍1.3. 凹版印刷について

①木板を彫刻刀で彫って、堀残したところにインクをつけて、それを紙に転写するのが「凸版印刷」。それに対して銅版に彫刻刀で溝を掘り、溝にインクを流し込んだのち、表面の余分なインクをぬぐい取ったのち、紙を押し付け「溝の中のインク」を紙に転写するのが「凹版印刷」。

②したがって、凹版印刷では紙の上にインクが盛り上がってつくので指で触ると凸凹が判ります。紙幣の表面で感じ取ってみてはいかがでしょう。それに対して凸版印刷ではインクの端ににじみが出来、指先では凸凹は感じられません。

③凹版印刷は、精密な模様を印刷することが出来、まして「手彫り」ですので模造が難しいため紙幣などに使われてきました。私の記憶では、普通1mmの幅に5~6本の線を刻むことが出来ますが日本の技術では十数本引けるとのことでした。紙幣にはコピーするとコピーインクでは文字がつぶれてしまうくらいの小さな文字が隠されています。

④ついでながら、紙幣の肖像は「写真」や「絵画」などをもとにしますが、凹版印刷では顔や髪を曲線の集合として表現するので、その技術を模倣することは出来ないと言います。しかしその技術の修得には何十年もかかるので、国家公務員?なのだそうです。

202⒍1.3. 浮世絵版画

①昨年の大河ドラマ「べらぼう」は、意味なく見ていませんでしたが、版画について年の初めに思いつくことを書いておきたいと思います。

②旧大蔵省印刷局と言ってわかる人は少ないと思いますが、当時郵便切手や印紙のデザインや印刷に携わっていた部署です。究極的には紙幣のデザイン・彫刻を担当していたのですが、新紙幣の発行はめったになく、それに備えて技術者(凹版彫刻)を育成しているところです。現在では財務省の管轄を経て、国立印刷局となっています。

③そのため、印紙や切手、証券証書などの制作で腕を磨いていました。海外の切手の印刷も手掛けていました。私も偶然入手したのですが、安藤広重の浮世絵を原寸で模写した作品があります。原画は木版の凸版印刷ですが製作したものは銅版の凹版印刷です。しかし、パッと目には違いが判らないくらい完璧でした。そのほかにも、中世の洋画(油絵)などでも修行したようです。

④日本の切手は技術が優れていて海外のコレクターに人気がありましたが、現在ではデザイナーの原画を機械的?に印刷しているようで、残念です。ときどき手伝っているようですが。

202⒍1.1. ダイヤモンド富士

①山に登っていると日の出・日没に遭遇することが多い。日の出の時は居合わせた人たちから歓声が上がることがあるが、その瞬間以外は「固唾を吞む」という言葉で表されるように神聖な気持ちで見つめる時間が過ぎてゆく。

②日の出から太陽が姿を全部表すまで約3分間のドラマなのだが、その角度に気づく人は少ない。地平線に対して約40度、月の出・入りはしみじみと眺めているので気づきやすい。朝方、西の空に満月が沈む姿は朝日のあたる山々とともに絶好の撮影対象になる。思わぬところに予期しない角度・スピードで沈んでゆく月に驚く。

③私が尊敬する田淵行男も、槍ヶ岳の穂先に月が架かる写真を撮ろうと、ずいぶん苦心したようだ。月でも太陽でも「意外な速度」で移動しているので、田淵行男は月を撮るときは15秒以内のシャッター速度でないと「月が流れる」と注意している。

④さて、ダイヤモンド富士だが、日の出の位置と富士山頂を結ぶ線上にいれば見られるわけだが、そこに池があると「水面」の逆さ富士が加わる。その地点の「争奪戦」がカメラマンの間で繰り広げられる。山岳写真を撮っているとその争奪戦に巻き込まれることもあり、「なんだか違う」と思うこともしばしばのことであった。

⑤世間で「映える」ことがSNSでもてはやされ、特定の構図に興味が集中することに疑問を抱いているのは私だけだろうか。個性・多様性が重視される時代に逆行しているように思えて仕方ない。でも、お正月という特定の日に、特定な映像を見て「時の流れ」を感じるのも、お正月らしくていいかも?とも思うようになった。これも歳のせい?

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