そのうちに 2026.3.~

最近、もの忘れが激しく、そのうちに記事にしようと温めていると、なんとなく・・・

そのうちに、まとめて、OPINION のページに入れますが・・・

というわけで、そのうちに、そのうちにと言って、毎日が・・・

・・・2021年4月分 5月分 6月分 7月分 8月分 9月分

・・・・・・・10月分 11月分 12月分

・・・2022年1月分 2月分 3月分 4月分 5月分 6月分

・・・・・・・ 月分 9月分 10月分 11月分 12月分

・・・2023年1月分 2月分 3月分 4月分 5月分 6月分

・・・・・・・7月分 8月分 9月分 10月分 11月分 12月分

・・・2024年1月分 2月分 3月分 4月分 5月分 6月分

・・・・・・・7月分 8月分 9月分 10月分 11月分 12月分

・・・2025年1月分 2月分 3月分 4月分  5月分    6月分

・・・・・・・7月分 8月分 9月分 10月分 11月分 12月分

・・・2026年1月分 2月分 3月分 4月分  5月分    6月分

 

目次(日付順) 目次(テーマ別・順次作成中)

 

202⒍3.1. マテリアルスポーツ

①ずっと以前に小耳にはさんだスキー板の販売元がようやく判った。「ようやく」と言っても探していたわけでもなく、偶然の出会いであった。ネットの時代だから、販売元の紹介は必要ないと思う。

②オリンピックのモーグルでの使用率が90%だという。大阪の会社で、従業員5人だという。板の芯は木製だという。詳しくは皆さんで調べて下さい。

③ここでは、日本の技術力の展開について考えてみたい。

つづく

202⒍3.1. イラン侵攻

①イスラエル・アメリカ連合軍がイランを空爆した。世界が混乱の時代に突入したことは間違いない。それに対する日本国の姿勢が気になってならない。

②高市さんは邦人の「安全第一」の声明を発した。それだけ。

③アメリカの同盟国の立場から、軍事力の実行に「反対」の声明を出すことを躊躇している。せめて「遺憾」の意を示せないのか。こういう時にたしなめることが出来るのが「親友」というもの。黙認している時ではない。

④イギリスは「反対」の意思を明確にし、自国国民の救出に動いた。当然、イギリス軍が担当するだろう。高市さんが、「だから自衛隊ではダメなんだ」と言って憲法改正につなげようとするのは十分予想できる。

⑤イランは日本にとって友好国である。NHKの支社長?の問題もあるが、ここでは「仲裁役」を買って出るのが国益だと思う。アメリカも振り上げた拳はいずれ下ろさなければならない。そういう場面で「平和国家」としての信頼を得ることが日本にとって最も国益に沿うのではないか。

⑥物価対策は減税と現金支給と言うような、眼前の問題に膏薬を貼るような姿勢が日本の国力を削いでいくようで心配でならない。近視眼的と表現したら、「近視」の人に申し訳ないが・・・。

202⒍2.26. 「あざぶ」の「ぶ」は

①「あざぶ」の「ぶ」は「ほてい」の「ほ」、という言葉をご存知だろうか。「あざぶ」という地名を聞いて「漢字でどう書くの・・・」と聞かれたときの答え。
「麻布」の「布」は「布袋(ほてい)」の「布」とこたえて、答えになっているだろうか。

②自己紹介するときに、「永原」です。「永久」の「永」に「野原」の「原」と書きます。」と答えることにしているが、このごろの新入社員には通用しなくなっているという話を小耳にはさんだ。
「永久」とか「野原」のような、誰もが誤解なく思い浮かべる漢字が通用しなくなっているという。名刺を使えばよいが、現代はペーパーレスの時代。電話で説明することも少なくなった。

③難しい言葉をやさしい言葉で説明することは、意外と難しい。家庭で子供が親に、「ほてい」ってなに?と聞かれたらどう答えますか?
高校生の頃、英英辞典を使えるようになったら一人前と言われた。いまだに辞書は英和辞典にとどまっている。広辞苑の説明を読むと「さすが」、その苦労が偲ばれる。

④オリンピックを見ながら、「心椛(ここも)さん」の名前が気になって「椛」を検索したら最初「かえで」が出てきた。「楓」の字は知っていたから、植物として検索したら「もみじ」がでてきた。これ以上は彼女の両親に聞かねばわからない。でも、「椛」を娘の名前に使った事は「布袋」よりすごい。

⑤最近、コンピュータを使っていて、正確な意味の分からない言葉が次々と出てきて、あきらめモードに陥っている。七福神と話しているような気になって、コンピュータのことを良く知っていそうな人を捕まえては聞いているのだが要領を得ない。

⑥易しい言葉で説明することが、私(モト教師)の仕事だったのだが、最近、くじけそうになっている。「布袋」も「ほてい」のままの時代が来るのだろうか。数学用語はもっと難しいのだが。

202⒍2.25. カタログギフト

①さすが自民党、カタログギフトで国会が騒げば予算委員会の審議時間の相当な時間が費やされる。自民党の思うつぼ。勘繰りすぎだが、結果はその通り。

②法律上は問題ないと胸を張っているが、穴だらけの法律を作ったのは自民党。抜け穴の無いしっかりした政治資金規正法を作ろうとしない。さすがですね。

③どのテレビのニュース番組も、うすっぺらな扱いで歯がゆい。

④以上、愚痴でした。ごめんなさい。

追記 : 物だから良い、現金はダメ、という話ではない。現金がダメなら物もダメ。
「野党が足を引っ張って、年度内に予算が通らなかった」という言い訳の用意。

202⒍2.25. リクリュウペア

①リュウイチくんのひとこと、「でも、立ち直ったのはボクなんだけど(笑)」。

②リクリュウペアの復活劇が感動を呼んでいる。練習でも本番でもミスしたことの無かった演技で、「まさかのミス」。それもオリンピックの一番大切な場面で!!。

③フリーでの劇的な回復で、立ち直りを評価する声や、励ましの声、チームワークなど、感動的なエピソードが乱れ飛んでいる。それはそれで素晴らしいことなのだが、祝福の渦の中で、照れながらぼそっと漏らした言葉。彼自身、軽い気持ちの本音なのだろうが・・・。

④教師をやっていると祝福の言葉より励ましの言葉の方がはるかに難しい。「挑戦」に失敗した生徒にかける励ましの言葉は、本人が真剣に取り組んだ結果であればあるほど難しい。努力の大きさを理解していなかったら、逆効果にもなりかねない。キッスアンドクライの場面で、心無い言葉が選手を傷つける場面がある。

⑤リクリュウペアが積み上げてきた努力はとてつもなく大きいが、二人の信頼関係の深さは、改めて評価しておきたい。どのような言葉での表現をしても及ばないが、あえて記録しておく。美談で終わらせたくない。

⑥現在苦しんでいるひとへ。慰めの言葉も励ましの言葉もあるだろうが、立ち直るのはあなた自身なのです。リュウイチくんの気持ちになって・・・。言葉は無力ですから。

追記 : 同じ悩みを持つ人に出会えれば良いのですが・・・私の場合、「生きていること」自体に喜びを見出して「極楽とんぼ」になりました。

202⒍2.22. 3万分の1

①TKG(卵かけごはん)が「日本食」として世界に発信されている。以前、インドで卵かけごはんを提供したいという日本人がいて、聞くと、広い意味での国際協力なのだという。軍備など持たなくても、こういう方法もあるのだという一例と思った。

②卵の消費期限は生卵のそれであって、加熱することを前提にすれば50日程度と聞く。理由はサルモネラ菌であって、3万個に1個くらいの確率で感染しているという。
1日1個で1年に365個、10年で3650個、100年で36500個と考えれば、個人がサルモネラ菌に出会うのは一生に1回あるかないか。逆に、日本人全員が一斉に食べると、1.3000万人のうち4000人以上が当たることになる。この数値をどう理解するか。

③卵が生れた時からサルモネラ菌が増えて、人体に影響する程度まで繁殖する時間が「生食での消費期限」。加熱し温度管理をすれば50日は安心して食べられるという。
私が生れたころは、卵も段ボールの箱買いで、おがくずの中から掘り出して食べていた。底の方になると、割った時黄身が崩れたり白身の弾力がなかったりしたら、「即加熱」が常識だった。そのため、今でも「消費期限の表示」など、気にしたことは無い。危ないと思えば加熱している。

④山での生活が長いと、口に入れるものの安全性を自己判断しなければならない。水ですら、雪を溶かせばまず大丈夫だが、谷川の水である場合もあるし、最悪「濾した水」を利用せざるを得ない場合もある。生肉を味噌漬けにして持参するときは、・・・判断が正しいことを、神に祈るしかない。神様も迷惑。

⑤大地震が起こったとき、消費期限が過ぎているからとして食べないという状況がありそう。最近は水道の水が飲めない子供が増えているという。燃えるゴミの中に「白米」が入っていた時は衝撃であった。地震装備品も大切だが、こころの余裕・知識も備えに入れておいた方がよい。

追記 : 神戸の地震では南北から、三陸では東西から救援隊が来たが、関東は「面」なので中心部は遅れると思う。皇居の活用も真剣に考えておく必要がありそう。

202⒍2.20. 山の歩き方

①この記事を書いていたら、スピードスケートの高木選手の特徴についてTVで取り上げていた。高木選手は氷を蹴ったとき「音もしぶきも無い」という。音が出たり氷のしぶきが出るのはエネルギーの無駄遣いだという。

②若い頃、山の本を読んでいたら、高名な登山家は歩くとき「石ころひとつ動かさない」というくだりがあった。そっと登山道に足をのせ、そっと次の足に体重を移す。登山の極意を感じた。足下の石が揺らげばバランスをとるために足首に力が入る。前進するために後方に地面を蹴ると斜めの力が無駄になる。

③ザックにいろいろなものをぶら下げて歩いている人がいる。あの運動エネルギーは結局疲労へとつながる。カタカタ音を立てているのも同じ。水筒の水がチャポチャポしているのも同じ。ザックを斜めに担いでいたりバランスの悪い荷造りをしているのは最悪。

④オリンピック選手が0.1秒を争うことと較べるのもどうかと思う人もいるだろうが、山では1日8時間から10時間くらい行動する、とすれば影響は甚大なはず。それらが満たされた無駄のない歩き方をする登山者を見かけると、思わず振り返ってしまう。

202⒍2.20. 冬季五輪寸評②

①フィギュアの決勝を眠い目をこすりながら見ていた。選手たちのそれぞれの想いがすなおに表現されていて、素晴らしい決勝であった。一言で表現するなら「お姉さんのチカラ」なのではないだろうか。

②アリサ・リウ選手が、いったん引退した後の復帰戦で見事優勝。中断した数年間に何を想ったのか、それが演技の隅々まで浸透していたように思う。坂本選手は選手生活最後の大会で、チームリーダーとして選手としての人間性の完成を感じた。

③中井選手・千葉選手はオリンピック初体験で、十二分の力を発揮した。お姉さんのチカラで心置きなくのびのびとした演技であった、先輩の作ってくれた環境に感謝して次世代につなげてほしい。3人の枠でメダルが3個だけなのも、残念と言えば残念。

④教師だったころ、学校としては久しぶりに「東大生」が生れた。先輩にひとりの合格者もいないとチャレンジすることもためらわれる。逆に、先輩から合格者が出ると、「私も」「俺だって」という挑戦が続く。パイオニアと挑戦者の連鎖が始まる。

⑤スノーボードなどは同時代の若者が、「互いの勇気で支え合っている」ように思う。時代の流れが速いため先輩後輩ではなく、競い合う仲間としての人間関係が出来上がっている。
中井・千葉両選手は若いけれども、パイオニアとして次世代の牽引力となって欲しい。

⑥余談だが、私が国際高校の開設準備で密かに思っていたことがある。中学でトップの成績を収めている中学生が、全力を尽くしてチャレンジできる都立高校であって欲しいと思っていた。単に有名校や進学校ではなく、中学生が全力を尽くして挑戦する価値のある学校であって欲しいような気持であった。(中学校が200校以上、募集人数80人)

202⒍2.16. 保護法益

①私が関わる東京「日の丸」裁判の陳述の中で「保護法益」という言葉を耳にした。私としては初めて聞く言葉であった。新鮮な気持ちを書き留めておきたい。

②人々が社会生活を送るようになると様々な争いが起こり、社会的ルールが必要となる。そのルールが「法」である。「家訓」から始まって「校則」「条例」「交通法規」、最高法規のものとして「憲法」があるのだろう。宗教における「教え・教義」などは、個人的にはそれより上位のものかもしれない。

③「法」が必要となるのは「争い」を避けるためと、その仲裁の場であり、加害者と被害者を判定して「裁く」という行為が必要になる。裁判所の役割がここにある。ここに登場するのが「保護法益」なのだろう。被害を受けた者が「法」を理由に裁判所に保護を訴えることが出来る根拠である。日本とアメリカで「銃規制」に大きな差があるのも、どこに「保護法益」を認めるかの違いのような気がする。

④本題に戻って、「国旗損壊罪」の法益は何かという問題。「外国の国旗に対しては損壊罪があるのに日本国旗に対してはそれが無い」というのが提案理由で、次の国会で話し合われる問題である。国歌を起立斉唱しなかったというのが私たちが懲戒処分を受けた理由であることを思えば、構造として同じ問題として取り扱われるべきことではないだろうか。

⑤外国の国旗を日本人が損壊した場合、状況によっては国際問題ともなりかねない。以前、カナダ人の英語教師の送別会で、カナダ国旗に寄せ書きして贈ろうという話を耳にして、再考を促したことがあった。日の丸への寄せ書きは戦時中といわず、オリンピックなどでもよく行われるがカナダではどうなのであろうか。

⑥法律は保護法益の観点から制定される。しかし、その必要性が拡大解釈されれば、思わぬところに飛び火する。「優生保護法」や「らい予防法」などはその最たるもので、最高裁で無効となるまでに数十年を費やした。

⑦ひとそれぞれに考え方はあるだろうが、自己の想いと他者の想いを等しく勘案して、保護法益は何か、何を守ろうとしているのか、真剣に考える時ではないだろうか。

202⒍2.15. 当たった~②

①読み直していたら、話が逸れていたことに気づいた。最近このようなことが多いので、気をつけよう。反省。

②書きたかったのは、「選ぶこと」に反応し過ぎているのではないか、ということ。スマフォの扱いを見ていると、何かを検索しても、そこにあるものしか出てこない。都合の悪いことは書かないのはあたりまえだが、編集者が気づかなかったことは当然書いていない。

③修学旅行で岩手県に行くことになって、「岩手」について資料を探したことがある。文学作品から自然・歴史・ガイドブックなど、書店で「岩手」の文字を探していて岩石図鑑に目が留まったときは我ながらあきれてしまった。

④SNSを通じて膨大な情報が提供されているが、提供されていない情報もあることを常に配慮しないといけない。選挙など、さまざまの立場の人が投稿している場合は、双方の意見を探すことがより困難になっている。

⑤眼前にあるものがすべてではない。必要なものが意図的に隠されている場合もある。「選ぶ」ことより「探す」努力が必要なのではないか。そのためには、どうすればいいんでしょう????

202⒍2.15. 冬季五輪寸評

①勝手な思い付きですので、お気を悪くされないように。

②その1 : サーファーが冬場に遊んでいたことからスノボーが生れ、スケボーに変わったとか。「横乗り3S」という言葉を面白いと思った。

②その2 : 日本が強い理由。はしりの時代の若者が親になって、子供と楽しむようになって、幼少からの経験者が増えたこと。同時に夏の練習施設が各地にできたっこと。そんなに練習場があるんだとビックリ。
むかしJリーグが出来た時、親子のキャッチボールくらいに、サッカーボールが親子の絆を、と思ったことを思いだした。

③松本の学生時代、夜行列車でのスキー客が邪魔で我慢ができなかった。機械に引っ張り上げてもらって、滑り降りるのだけなんてスポーツではないと思った。モーグルやハーフパイプなどに対しても、今も同じ感情で見ている。
教師になって山岳部で「山スキー」を引率するようになるとは、人生そんなもの。

④心椛選手が競技場でのセキュリティチェックで引っかかったのが金メダル。ポケットに入れて持ち歩いていた。さもありなん。新しい「技」を考えたり、他人のできないことに挑戦できるのはこの「若さ」。失敗しても次に挑戦できるのが最大の強み。(後期高齢者の個人的な「反省」。やっかみではない。)

⑤それにしても、深夜の中継は何とかして欲しい。地球の反対側からの中継ができなかったころが懐かしい。進歩と言えば進歩なのだが。

追記 : 逸話。海外からオリンピックの実況の雰囲気を届けようと、文字起こしして、電信で送って、アナウンサーが読み上げたら、10秒では終わらなかったことがあったという。あ、「電信」ってなに??と聞かれそう。「サクラサク」の時代の人に聞いて下さい。

202⒍2.11. 当たった~

①教師をやっていると、「わかった~」「できたあ~」の歓声がもっとも嬉しい。特に数学では計算の結果があっていれば「できたあ~」となるのだろう。

②退職が近づいたころ、「あたった~」の声が気になるようになった。社会科などの択一問題で自信がなかった時「当たった~」という時もあったが、数学ではあり得ない。

③最近スーパーのレジで停滞する高齢者(私もその一人)が目立つが、つぎに何を聞かれるのか、どこをタッチすれば良いのか、目まぐるしく変化して、ついて行けない。聞かれていることを迅速に判断し、どのキーが答えになるのかの判断が忙しい。
前にも書いたが、荻窪から松本までの特急券を買おうとしたら、25回のキー操作が必要となったことがある。

④街中でスマフォを操作している人を見ると、そのスピードにあきれてしまう。きっと、考えている時間は無いだろう。それで済むような作業をしているのだろう。この文章を書きながら、読んでいる人を想定して言葉を選んでいる。わざと難解な用語・漢字をちりばめて、思考の「一旦停止」を誘うこともある。

⑤選挙ではどの候補も一長一短があり、一票を入れる候補者を選ぶのに大変な時間が必要。このギャップを使い分けることも必要。問いかける工夫も必要。「サナエちゃあん~~」での一票でなければ良いのだが。

202⒍2.11. 国旗損壊罪

①高市政権が最初に国会に提案する法案がささやかれている。その中に「国旗損壊罪」がある。

②日本では、古いことわざに「ひとさまの子を手にかける」という言葉がある。裏を返せば「うちの子なら、躾だから・親だから」という言い訳があったが、現代ではそれも許されない。子供であっても「人権」は絶対的な権利であることの証明である。

③国旗に関しては、他国の国旗の損壊は互恵関係を損ねる原因にもなり、国内の法律で禁止する必要がある。では、自国の国旗についてはどうであろうか。

④国旗が国家のシンボル的な存在であるから、自国や他国のものと分け隔てなく尊重されねばならない。しかし、法律で取り締まるべきものであろうか。

⑤思い出すのは、ある時、職員会議に「生徒は教師を尊敬しなければならない」という一文が生徒規則として提案された。もめにもめて否決されたのだが、私の想いは提案されたこと自体が恥ずかしい話であると思った。尊敬を受ける教師は素晴らしいが、そうでない場合は「人間関係」に問題があり、教師と生徒の年齢差・立場から考えて教師側に解決する責任がある。指導規則で「尊敬すること」を強制する案件ではない。

⑥私が最も恐れているのは、この法律は使い方によっては取り返しのつかない悪法として歴史に残ることになる。戦前、教育勅語や御真影に「礼」をしなかったという理由で学校を追われた教師が多くいた。朝鮮半島・中国大陸では「日の丸」に「おじぎ」をしなかったため暴力を振るわれたり殺された現地の人たちは多くいた。

⑦東京都では「起立して日の丸に対して礼をし君が代を唄うこと」という通達が発せられ、従わなかった教師が懲戒処分を受けた。最高裁はこの件に対して未だに「違憲判決」を下していない。現在、都立学校では教育委員会に「もの言えぬ」状況が続いている。

⑧一見当たり前のような法律が、使い方によっては最悪の結果を生むことをこころに銘記しておく時とおもう。法律を作る方は、「下心」があるのだろうから。

202⒍2.7. 選挙前日

①ミラノ・コルティナオリンピックが華やかに開幕した。過去の自民党を考えると、大きな事件の裏で何か「わるさ」をすることが多かった。2月中に何をするか、疑心をもって注目していたい。

②水面下で「憲法改訂」を画策するだろう。党是としてはばからない政党からしたら千載一遇のチャンス。維新も反対ではない。9条が国民投票に付されれば、戦後日本の最大の政治変革になり、せっかく世界に浸透した「平和国家」の信頼が失われ、戦前の日本帝国が引き起こした戦禍が思い起こされることになろう。韓国や中国にとっては絶好の批判の対象となるだろう。

②消費税は変わらないだろう。日本会議は立ち上げるだろうが、議論がまとまるはずはなく、反対する野党に責任を負わせることは「計画通り」。

③少数野党はせっかく手にしたキャスティングボートを失うだろう。維新は捨てられる。立憲は野田さんが退陣して、まとめる力を失う。

④中国はここぞとばかり圧力を強化するだろう。日本が強硬な姿勢をすれば台湾問題を背景に尖閣を刺激する。日本としてはどうすることもできないで、トランプさんの顔色を窺うしかない。

⑤中国を刺激して憲法9条を変える世論をたきつけるのは、「火遊び」としては危険すぎる。乾燥警報中なのに、消火器も望めない。

⑥明日の選挙結果が事前調査の予想通りになれば、オリンピックどころではない。世論がどのように反応するかで、日本という国の将来がきまる。

追記 : 盛大な花火のあと、高市さんを失脚させ、いいなりになる小泉政権を作る。絵にかいたような筋書き。私なら、そうする。

202⒍2.3. 2040年には

①2040年には日本の労働力人口が今と較べて20%減になるという。今すぐ少子化対策が成功したとしても、あした生まれてくる子供たちはやっと14才。大学卒までにあと8年かかる。労働力人口は、今生きている人口で賄うしかない。

②こうなることは半世紀前から分かっていた。政府・国民がなんの対策もしなかったのか、したけど失敗したのか、これで良いと思っていたのか。労働力の不足分を海外からの出稼ぎ労働者に頼っていながら、「日本人の職場を奪っている」などと、どこかの国の大統領と同じようなことを言っている。

③私が半世紀前に考えていたのは、半分の人口で生活できる経済活動を目指すこと。人口が半分に減れば食料消費も燃料消費も半分で済む。国会議員だって半分とは言わないまでも相当減らすことが出来る。もちろん国民総生産も大幅減少するだろうが一人当たりの生産量が増えればそれでいい。

④世間は「経済成長率2%」が最小限の目標と思っていたが、2%の成長は数十年で2倍になる速さ、それも次の数十年でさらに2倍になる。絵空事としか言いようがない。短期的に見れば豊かになるだろうが、決して継続するような状況ではない。1960年代にそのことは指摘されていた。「不都合な真実」という言葉もあった。

⑤単純労働を機械化して生産性を上げるという考えもあった。最近はAIの進歩で知的労働も「機械化」されてきた。しかし、単純労働で生計を支えてきた人たちが取り残されている。私などちょうどリタイアの時期に重なったからいいようなものの、働き盛りの青年たちは堪ったものではない。結婚して子供を育てるなど及ぶべくもない。困ったら「お金を配ればよい」で済むのは今が最後。

⑥そういえば、私の人生設計は90歳まで。2040年は89歳。計画通りに行けばよいが、平均余命はもうすこしありそう。どうしよう。考えても「どうしようもない」ことだけは確かだから、混乱が起こるのがもう少し先へ延びることを祈るのみ。

⑦だんだん笑い事ではなくなってきた・・・。先の話ではない。

202⒍1.24. 10周年②

①およそ20年前、勤務校にコンピュータのアドバイザーとして来られたSSさん(実名の了承を得ていませんので、とりあえず)から勧められてHPの作成を始めました。教育ソフトの開発のため現場に接したいということでした。ネットワークを組むことの危険性など教えていただいたのが印象に残っています。

②私のHPの形式は、「紙芝居」に徹しています。Wordを使ってページを作り、それをつなげて構成する様式で、システムに付属する有効な技術は殆んど使っていません。至極原始的な手法です。でも、現在1000頁に及ぼうとしているHPを見ると、数で圧倒しているようです。あまり自慢することではないのですが内容は「多彩」であることを自負しています。

③SSさんが研究熱心な方で、私より年配であるにも関わらず新しいシステムを提案されて、WordPressに至るまで5種類くらい(HomepageBuilderを含む)のシステムを利用しました。当初は南太平洋のトンガ共和国のサーバーを使っていたことも懐かしい思い出です。そのぶん初心者としては苦労しました。

④どのシステムもそれぞれ工夫があって、優れた特徴があったのですが、トリセツのようなものが無く暗中模索そのものでした。これが日本にコンピュータ文化が育たない理由かとも思います。コンピュータは1970年代のPC8001からの付き合いですが、周囲に専門家がいる環境で困ったときの助け舟があって乗り越えてきました。

⑤外国の人が「カタコト」の日本語でも気持ちを通じさせることが出来る、そんな気持ちです。HPを作りたい人は世の中にたくさん居ることと思いますが、①長く続けること②定期的に更新すること、の二つが大切だとSSさんからアドバイスを受けました。始めてから数年は「忍耐」の期間で、10年経ってやっと定期来訪者(ファン)が出来た次第です。

⑥それにしても、もっと気軽に構成できないか。そんな思いの今日この頃です。

追記 : 私のHPの特徴として、コマーシャルを排除している点です。サイトの利用料金がかかりますが・・・コマーシャル収入がないのですが・・・。これから始める方は検討してみてください。

202⒍1.22. 10周年

①ふと気づいてみれば、1月18日でこのHPを開いてからⅠ0年になりました。HPを開いたのはそのずっと以前なのですが、WordPress(WP)を使い始めてからⅠ0年になります。
しみじみ、振り返ってみたいので、今のに記事は1週間くらい振り返りながら書き連ねます。

②最初は写真の発表の場でした。写真展はゆっくり鑑賞して頂けるのですが、個展となると準備と費用が大変で、そうそう何回もできません。上高地のホテルの好意で会議室で展示させて頂いていたのですが、展示した写真は終了後は文字通り「お蔵入り」、どこかで飾っていただけたら良いのですがなかなかそうもいきません。でも、写真を通じての同好の友人は沢山出来ました。ありがとうございます。

③切手収集という面では、日本ではなじみの少ないポーランド切手を近代史を軸に収集結果を展示しています。切手が使われた時代背景を郵便の視点から展示するものです。「切手展」を勤務校の文化祭に合わせて教員出品したこともありましたが、研究発表としては限界もあり、まとまった研究成果を展示するには時間も費用もかかります。随時書き込みが出来るという点ではHPは最適なツールだと思います。

④私が関係している「東京『君が代』裁判」は難問でした。多様な考え方を持つ訪問者に邪魔にならないように、関心の程度に応じて読み進めていただけるように工夫しました。驚いたことに、例えば最高裁判決の原文なども多くの方が読んでくださっているようです。

⑤HPが軌道に乗ったころ、「そのうちに」というタイトルでブログを開始しました。「あとさきの想い」は冒頭に書いたように「あて先のない遺言」くらいの気持ちで気が向いたら書くというスタンスで始めたのですが、最近ファンの方がいらっしゃって、定期的に読んで頂いているようです。外出の少なくなった老人には「生きる励み」になっています。

⑥さて、10年を振り返って、思いもかけない数の訪問者?を得て感動しています。毎日数十人の訪問者と毎日200頁くらいを開いていただいています。最近は「そのうちに」のバックナンバーを読んで頂いているようで、大きな励ましになっています。

現状報告は、以上。

つづく : 日を改めてこの続きを展開します。

202⒍1.18. 不当な支配

①2006年5月29日に教育基本法が改定された。この時旧基本法の条文にある「不当な支配」という文言を消したい自民党に対して、文言の存続を主張したのが公明党であったと聞く。与党内左派の形で自民党の右傾化に歯止めをかける役割を果たしていた。そういう視点から見ると、今回の政界再編も理解できる。

②旧教育基本法は戦後まもなく(1947)憲法に教育に関わる条文が十分ではないことを理由に制定された。そのため憲法に準ずる法規として尊重されている。

10 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

③戦前の教育が政治の道具として使われ、軍国教育に走ったことへの反省が「不当な支配」という言葉に込められていた。憲法の教育の自由と呼応し、教育現場に責任と自覚を持たせることが示されている。一方、行政は教育の環境整備を目標とし、現場への関与を禁止した。

④現行の教育基本法は

第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。

以下第2項から4項までが続くが、いずれも国と地方公共団体が主体となって行われることとなった。

⑤それ以降、行政による教育への介入を食い止める方法はこの「不当な支配に服することなく」の一文を頼りに裁判で争われることとなった。私の関係している「東京「君が代」裁判」でも、石原慎太郎元知事が発出した10.23通達に始まり、職員会議の廃止、挙手による決議の禁止など、徐々に教育現場に介入してきている行政との戦いとなった。

⑥非核三原則の見直しなど政府の右傾化傾向を契機に、公明党が自民党との連立からはなれ、野党と協力関係を築こうとすることは自然であり、相手は立憲か共産以外にはないとなればここ数日の騒ぎは「なるべくしたなった」としか言いようがない。私自身は支持政党を持たないが、国全体が右傾化していく状況を見ていると、はなはだ不安である。

202⒍1.14. 国歌斉唱

①奈良県の消防庁の出初式で国歌斉唱の際に来賓の共産党議員が起立しなかったことのついて、市議会議員のへずまりゅう氏が公式Xに挙げた抗議文が話題になっている。
私自身、ことの詳細が把握できていないが、東京「君が代」裁判に関係している立場から問題点を整理しておく。

②不起立の理由として、共産党はかねてから「歌詞」を問題として挙げて国歌に相応しくないとの理由で、反対の立場をとっている。その意思表示のために不起立という行動をとったのではないか。出初式という公式の席での行動で異論があるのは当然である。これを機会に議論が起こることが大切だと思う。逆に議員の「いねむりを装っている」ことが本当ならこれも問題。

③これに対するへずま氏の投稿が市会議員としての品位を落としている。「いやなら来るな」「奈良から出ていけ」など、問題の本質から離れて、感情的な発言に終始するのでは問題は解決しない。この問題は多くの場面で問題視されているのだから、市議会議員であれば本質に迫った議論を立ち上げて欲しい。彼の不勉強と思う。

④私の立場を申し上げておけば、東京では「起立しなければ処分する」という教育委員会の通達(10.23通達)により、教師の起立を強制していることに反対する立場にある。学校という環境は教師の行動が「こうあるべき」という模範的であることが求められる。教師が立てば、生徒には「立つべきもの」という行動が刷り込まれる。是非については話し合うべき問題であり、処分を振りかざして統制する問題ではない。

国旗国歌法案が国会で審議されたとき(1999)、この様な心配からの反対意見も多かった。時の総理も文部大臣も「決してそのようなことにはならない」という答弁を繰り返して、法案を通した。その際の約束が「風化」している。

202⒍1.13. 国家の誇り

①昨年の12月29日に「国旗損壊罪」に触れた時、「国家の誇り」という言葉を書いてから、その意味することが頭の隅に留まっていて、なんだか釈然としない日々を送っていた。

②そんな中、アメリカ軍のベネズエラ攻撃が起こり、各国の意思表明が発せられた。一国の主権を侵害した事件にどういう態度をとるかによって政治家の「国家観」があらわになったような気がする。

③第二次世界大戦のあと、国連を中心に「主権国家」という概念が定着し国の大小(国土・人口・経済力)に関わりなく一国一票を尊重することが浸透してきた。人間でいえば基本的人権に相当する概念となる。武力で「いうことをきかせる」ようなことはあってはならない。経済力で公正な取引を阻害してはならない。そのような「あたりまえ」が当たり前になるように、努力してきたはずである。国連の常任理事国に日本を加えようとする動きも、その理想の実現にほかならないと思う。

④ベネズエラの件で気をつけなければならないのは、ベネズエラ国民がアメリカの侵略に対して抗議することは当然だが、難民としてコロンビアなど周辺諸国に逃れている人たちが「アメリカの侵攻を歓迎」しているかのような報道がなんの配慮もなく報じられていること。メディアの見識の無さを嘆かねばならない。「だからオールドメディアは・・・」と言いたくなる。

⑤隣国に逃れている人たちは、独裁政権によって命からがら避難してきて、食料にも困る生活をしている。家族や親戚がまだ国内に居て、命の危険にさらされている。独裁政権が倒されることは「当座の」危機回避であり、希求していることには違いない。祖国がアメリカの支配下に落ちることの前に命の救済が必要なのだ。

⑥それを、「難民たちが歓迎している」かのような報道で済ませてはならない。高市さんも忖度を交えながら一般論で平和を発言するに留めた。台湾有事で、「わがこと」となったとき・・・の発言と較べて他人事。せめて他山の石くらいの扱いをして欲しい。

⑦話がそれてしまった。国家の誇りについては、そのうちに。

202⒍1.6. 馬の背

①「夕立は馬の背を分ける」という気象用語がある。積乱雲は極地的だから、雨が降っているところと降っていないところが明瞭に線引きできる、というように理解していた。馬の背を縦に分けるのか横に分けるのかなどとつまらない妄想に耽っていたが、偶然解答に出会った。

②山から山へと稜線で結ばれている時、多くは険しい道となる。山用語で「キレット」という。切戸と漢字を充てるが日本語なのかどうかも、良く知らない。しかし低山でなだらかな山を繋ぐのは「尾根」。尾根のうちでもおおらかで散策しているような地形を「馬の背」という。
この尾根の片方が晴れでもう片方が土砂降りの雨、そういうことはよくある気象現象。

③ずいぶん前の話だが、大菩薩峠を訪れようと中央線の塩山駅から柳沢峠(泊)、翌日稜線伝いに大菩薩嶺・剣山荘(泊)そして東に続くなだらかな尾根道をたどった。左に下れば小菅村を経て奥多摩湖(東京の水源)の源流に出る。11月の落葉を踏み締めながら明るい叢林のなか、快適な山歩きを満喫した。

④「馬の背」と聞いた時、瞬時にその時の思い出が戻ってきた。同時に、帰りのバスの中で、この様な印象深い山行を集めて写真集を作りたいという構想が湧いてきたことを思いだした。その時は、利根川源流の丹後山、東北の山々などが候補に挙がった。
しかし計画は実現せず、そのままになってしまった。私のこころの中の写真集で終わった。

202⒍1.4. 年賀状

①この時期になると「年賀状仕舞い」の通知を受けます。私は自身の「生存確認」という理由で賀状を出していますが、メールによる年賀状が増えて、困惑しています。

②年賀はがきの製作費や郵送料、何よりも一言書き添えていたら、膨大な時間を費やしてしまい、メールであれば一斉通信もできるのにという誘惑にかられる昨今です。特に白内障の手術をしてから、住所録から宛名を転記するのが大変になりました。年賀用のファイルを作っておいて「宛名印刷」をすればいいのですが・・・

③誰かが言っていたのですが、親友はせいぜい10人まで、ともだちは50人、それを越えると「知人」。人数の多寡はともかく、含みのある言葉だと年賀状を書いていて思います。でも知人はともかく、ともだちレベルの交流は年賀状を保ちたいと思います。一斉通信で送られてきたメールを受け取って、友人としての顔が浮かぶでしょうか。

④文化というものは、それなりの理由があるもので、試行錯誤を繰り返した結果です。そこには過渡期としての想いも交錯します。生涯の締めくくりに「写真」と取り組んでいますが、写メのありかたも考えるべきテーマかと思います。

⑤この欄は、思考途上の世界ですので、それなりにご理解ください。

202⒍1.3. 凹版印刷について

①木板を彫刻刀で彫って、堀残したところにインクをつけて、それを紙に転写するのが「凸版印刷」。それに対して銅版に彫刻刀で溝を掘り、溝にインクを流し込んだのち、表面の余分なインクをぬぐい取ったのち、紙を押し付け「溝の中のインク」を紙に転写するのが「凹版印刷」。

②したがって、凹版印刷では紙の上にインクが盛り上がってつくので指で触ると凸凹が判ります。紙幣の表面で感じ取ってみてはいかがでしょう。それに対して凸版印刷ではインクの端ににじみが出来、指先では凸凹は感じられません。

③凹版印刷は、精密な模様を印刷することが出来、まして「手彫り」ですので模造が難しいため紙幣などに使われてきました。私の記憶では、普通1mmの幅に5~6本の線を刻むことが出来ますが日本の技術では十数本引けるとのことでした。紙幣にはコピーするとコピーインクでは文字がつぶれてしまうくらいの小さな文字が隠されています。

④ついでながら、紙幣の肖像は「写真」や「絵画」などをもとにしますが、凹版印刷では顔や髪を曲線の集合として表現するので、その技術を模倣することは出来ないと言います。しかしその技術の修得には何十年もかかるので、国家公務員?なのだそうです。

202⒍1.3. 浮世絵版画

①昨年の大河ドラマ「べらぼう」は、意味なく見ていませんでしたが、版画について年の初めに思いつくことを書いておきたいと思います。

②旧大蔵省印刷局と言ってわかる人は少ないと思いますが、当時郵便切手や印紙のデザインや印刷に携わっていた部署です。究極的には紙幣のデザイン・彫刻を担当していたのですが、新紙幣の発行はめったになく、それに備えて技術者(凹版彫刻)を育成しているところです。現在では財務省の管轄を経て、国立印刷局となっています。

③そのため、印紙や切手、証券証書などの制作で腕を磨いていました。海外の切手の印刷も手掛けていました。私も偶然入手したのですが、安藤広重の浮世絵を原寸で模写した作品があります。原画は木版の凸版印刷ですが製作したものは銅版の凹版印刷です。しかし、パッと目には違いが判らないくらい完璧でした。そのほかにも、中世の洋画(油絵)などでも修行したようです。

④日本の切手は技術が優れていて海外のコレクターに人気がありましたが、現在ではデザイナーの原画を機械的?に印刷しているようで、残念です。ときどき手伝っているようですが。

202⒍1.1. ダイヤモンド富士

①山に登っていると日の出・日没に遭遇することが多い。日の出の時は居合わせた人たちから歓声が上がることがあるが、その瞬間以外は「固唾を吞む」という言葉で表されるように神聖な気持ちで見つめる時間が過ぎてゆく。

②日の出から太陽が姿を全部表すまで約3分間のドラマなのだが、その角度に気づく人は少ない。地平線に対して約40度、月の出・入りはしみじみと眺めているので気づきやすい。朝方、西の空に満月が沈む姿は朝日のあたる山々とともに絶好の撮影対象になる。思わぬところに予期しない角度・スピードで沈んでゆく月に驚く。

③私が尊敬する田淵行男も、槍ヶ岳の穂先に月が架かる写真を撮ろうと、ずいぶん苦心したようだ。月でも太陽でも「意外な速度」で移動しているので、田淵行男は月を撮るときは15秒以内のシャッター速度でないと「月が流れる」と注意している。

④さて、ダイヤモンド富士だが、日の出の位置と富士山頂を結ぶ線上にいれば見られるわけだが、そこに池があると「水面」の逆さ富士が加わる。その地点の「争奪戦」がカメラマンの間で繰り広げられる。山岳写真を撮っているとその争奪戦に巻き込まれることもあり、「なんだか違う」と思うこともしばしばのことであった。

⑤世間で「映える」ことがSNSでもてはやされ、特定の構図に興味が集中することに疑問を抱いているのは私だけだろうか。個性・多様性が重視される時代に逆行しているように思えて仕方ない。でも、お正月という特定の日に、特定な映像を見て「時の流れ」を感じるのも、お正月らしくていいかも?とも思うようになった。これも歳のせい?

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